2012年5月20日 (日)

核心的利益という虚言

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 竹島や尖閣諸島は、日本人の精神文化を表している気がします。海に囲まれたがゆえに、われらが先人は、見果てぬあこがれとロマンを抱いて、はるか海原の向こうに雄飛したのでした。
より良いものへと向かう旺盛な探究心と勇気がそれを可能にしたのでした。その結果として無人島を有人島に変えていった歴史が刻まれた。歴史的事実として記録に残った。板子1枚下は地獄といわれます、おそらく、悠久の大地に住む人たちには、そんな海に出ていく必要性も意欲もなく、造船や漁労、操船の技術が育つはずもなく、無人島に足跡を残すような歴史は生まれ難いものではなかったか。

そういう意味で、竹島、尖閣諸島は、日本人にとって、進取と創造の気質ともいうべき精神文化のひとつの象徴だと思うのです。
ところがその尖閣諸島を中国メディアは、核心的利益だと言っているようですが、その言葉はなにやら、どら猫の匂いがします。

来日した世界ウィグル会議の議長ラビア・カーディルさんは、
  「中国政府はどこの領土であっても、『歴史的にわが国の領土』と主張する」
と述べたといいます。

まさに、おっしゃる通り。その中国が、濡れ手で粟の私欲をあからさまに、人のものを欲しがり、「利益」だと声高にいう品のなさは、どうだろうか。それはすでに”歴史的”という言葉が虚言であることを表しています。

 

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2012年5月 3日 (木)

動揺する内心

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思いは正しかったのだろうか。信じてきたものは、ほんとうだったのか。良かれと思うままに歩いてきたのは、自らの心のなぐさめに過ぎなかったのかも知れない。あるいはどこかで、それと知らずに媚薬を飲んでしまったか。心に描き、求めてきたものが、実は媚薬の成せるわざ、そのままに流されていた自己陶酔なのかも知れません。

そう思うとき、空恐ろしい気がしますが、思えば、間違っていないと信じたものが、井の中の蛙、も同然であったならひそかに愚かな奴、とわらう人があったはず。それはもう滑稽でありあわれでしかありません。けれども、その声はすでに媚薬にむしばまれた身には、聞こえて来るはずもない。そんなことがあるのかも知れません。でも人生は、波のうねりに似て、いつの日かゆるやかにその波の頂に行きつけば、はるか遠くに広い世界が見えてきそうな気もします。

 

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2012年4月24日 (火)

現状からぬけだす一策

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だれでも、何かに気づいたときはうれしい。尖閣諸島は、国の賃借になって10年なるという。賃借料は、しめて2億4500万円なり。その間、歴代の政府は利用もせず、立ち入り禁止にして何の生産性もなかった。

そこで降ってわいたように、東京都の石原都知事は、尖閣諸島を都が購入することにした、とみなをあっと驚かせました。
国内法に照らせば何の問題もなく、中国なかりせば、さして面白からずと思うものもいず。新潟の広大な一等地を中国が取得するのが合法であるなら、都が諸島を購入するのも、また、日本の主権において他国の干渉が許されるものでもない。中国がくやしがることもないはず。

なのに、玄葉外務大臣は、「日中に影響しないよう大局的に冷静に対応する」と言い、内容不明、視点はどこにあるのか、早や”冷静”を失ってしまった。まるで、中国の主張を容認するに等しく、わが国民にひとすじの不安を思わせる言葉だった。自主自立の気迫なく、打たれ弱さが出てしまった。
ごり押しをしていることは、中国も百も承知の上であって、「いかなる措置も違法で無効」と言ってみた、までのことなのに。・・・

 

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2012年4月15日 (日)

散りぎわの潔さ

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一昨日は風がつよく桜の花が降るようでした。この時季ならでの見事さでした。きのうは一転して冷たい雨に打たれていました。春、桜の華やかさは、何か嬉しいことが始まりそうな、そんな気分にしてくれます。
さくらは他の花にくらべて萎れることもなく、その散りぎわの美しさがあります。散ってまで地面を明るく敷きつめます。はらはらと枝から離れて舞う様は、みる人に惜しむこころを思わせます。散る桜の見事さ、その風情の潔さが、この国の精神風土を生んだような、人もわれも散りぎわは、かくありたいと思います。

ところが、桜は軍国主義の象徴と、こどもたちに教える先生がいて、ある遺族の人が、桜咲く靖国神社へ参るのをやめたという話を聞きました。英霊となった人たちは、どれだけ桜が恋しかったか知れぬものを、ねじれて病的なまでの短絡、精神の分裂した自分勝手な先生もいたものだ。もしかして精神風土の異なる地から渡来した人かも知れぬ・・・。
それでも先生である以上、子供たちをゆだねるしかありませんが、いずれ子らは気づく時がくると思います。桜の花が美しと思う健全な精神を身につけて欲しいと思います。

 

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2012年4月 8日 (日)

虚言の文化

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人工衛星だという北のミサイル発射はまちがいないようです。また、米ニュージャージーの図書館にいわゆる慰安婦の碑が建ち、日本軍によって20万人が強制連行された、と刻まれました。そのような数字は、おおよそ不可能であり必然性もない、うその作りごとでしかないです。高齢となった生き証人という人たちが、時とともに前言をひるがえすようでは信じるに足りないです。

何故にそのような行動をとるのか、これは歴史と風土によって生み出された彼の国の人々の生き方の業ではないかと思う。人間の欲望を満たすための手段として、彼らには志の高さだけでは、どうしようもないということであり、彼らの気分にとって、都合よいものであれば、うそも許される。勝ち抜くために、恥とは思わない。むしろ手腕の高さとして誇るべきものだ。騙される方が愚かであり、弱者だとういう論理。これは、中国や朝鮮半島の考え方であり文化である気がします。人工衛星がミサイルであっても、一向にかまわないという論理。

一方、日本は清潔好きが一つの文化と言っていいです。しかし彼らはそれを理解できない。日本がどうして、そうなのか清潔だけではどうしようもないと笑っている。

日本軍が強制連行したという証拠は見つかっていない、と歴代の内閣が認めている、と3月26日の予算委員会で山谷えり子議員の指摘に、玄葉外務大臣は、
 「おっしゃるように、証拠は出ていないけれども、否定はできない、ということだと思います」
と答弁しました。まるで、証拠がないので強制連行があった、と言っているに等しい。文化の劣化、自分だけの清潔、その過敏が高じて論理破綻しています。

 

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2012年3月20日 (火)

大いなる声の当惑

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 絆はどこへいったのか、連帯意識はどうしたのか、日本人は苦しみを分かち合う気持ちを無くしたのだろうかと、外国の人たちの言葉を新聞が伝えています。がれきの処理に非協力なことを、どうしたことかと、外から、首をかしげて見ているのです。
それは、日本への信頼の上に立った批難であるだけに、言われてみれば恥ずかしくもあり、不名誉にも感じます。

受け入れに反対をしている人たちの声というものは、メディアに利用されて、大きくはあるけれども、大きいが故に、はたして住民の総意であるはずはなく、公と私の視野の差がある以上、その溝の埋まるはずもなく、議会の領分を超えてまで私情を公に割り込ませようとする主観でしかないです。

ではどうすればいいのか、客観的な答えを持たない一部住民の声は、幼児性を帯びて空しいものを感じます。いまや政治もわれら民心も女性化が進みつつあるような気がしないでもない、こともないです。

 

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2012年3月 4日 (日)

ひとつの色を創る

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布地染色の職人さんは、繊細な目と技をもっている。青色の見本布を見ただけで、微妙に何色が混じっているのが分かる。すごい職人さんがいる。

日曜日の朝のテレビでやっていたのですが、試し染めをして調合比を割り出す。正にきっちりと、色を創りだしているという職人さんの情景でした。

その職人さん、どんな色が好きですか?と聞かれて、即座に、

  「そりゃあ赤だね、燃えてくるよ」 と言っていました。

それを聞いて、なんだか嬉しい気分でした。

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2012年2月26日 (日)

不適格労働者の暴走

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 自制と調和を忘れたとき、恐るべきマイナスの副作用がでる。この自覚を失えば、われわれは自由、平和、平等にも、何の規律もなく、勝手にしたいことをする衆愚社会に至るであろう。これは、先ごろ文芸春秋に再掲載された論文の一部で、日本の凋落に警鐘をならしているものです。

最近、国旗国歌に係る教員の不起立に関連する最高栽判決がありました。校長による起立命令は、思想および良心を侵すものではない、という考えに立った判決でした。4人の裁判官のうち一人が反対意見をのべています。「教員の不起立行為は真摯なものであり、『日の丸』に向かって起立することは譲れない一線を超え、思想および良心の核心を動揺させる。教員の精神の自由は、取り分け尊重されなければならない」 と補足で一人反対意見をのべています。

この判決文を読んで不思議に思うのは、視点は教員の救済の可否にあって、社会全体の規範には触れていないことです。それは第一に勤務中であること。第二に公共の場であること、第3に未成年者の前であること、などが無視されているのです。そこには自ずと制約が生じます。教員は労働者であり、俸給を貰っているのであれば、労働環境においては、個の思想をはなれ労働に徹すべきです。不起立は教員個人の自由の保障範囲ではないと思うのです。

これは教員の立場にいる者だけが成し得る、自由という名の見せるための権力の濫用だと思います。もっと言えば私には、教員の暴走としか見えません。かかることは、生徒および一般人に対して少なからず思想のインプリンティングに影響を及ぼすこと思えば、社会に対して重い責任を問われるものです。とても真摯な姿とは映らず、自制と調和からはかけ離れていると思うのです。国民の自由および権利は、濫用してはならない、と憲法12条に定めています。
また、良識の集団と思われる大阪弁護士会、東京弁護士会、日本弁護士連合会などは、ずれも反対意見と同様の声明を出しています。裁判というのは、多数社会は問わず、個のためにあるのか、理解しがたいものがあります。

 

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2012年2月12日 (日)

仕組まれた巧妙な策略

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 交わした約束は、果たすのが日本人の美意識であり信条でもあります。法もまた言いかえれば約束と言えましょう。その法は、平和を維持するためのであり、国民のためにあると思います。
2月9日の予算委員会で、稲田朋美議員の質問に対して、野田首相も玄葉外務大臣も、北方領土あるいは竹島は、「法的根拠のない占拠が行なわれている」、という答弁がありました。政権交代してから幾度か、複数の閣僚の口から出た言葉であり、頑なに「不法に占拠している」という言葉を拒否させているものは、何でしょうか。誰が、何時から、「不法に占拠」という言葉を禁じたのでありましょうか。

法的根拠がない、という言葉だけで見れば、それは規制あるいは保護すべき法がない、ということにも解釈できます。そうだとすると、ロシアあるいは韓国が占拠していることに対して、彼らを保護することも排除することもできない。その意思もない。つまり、照らすべき法がなく、法に触れないから許される状態にある。ということになりますね。

日本の政府は、北方領土も竹島も日本の領土である、と言いながら、一方で、法的根拠なく占拠が行なわれている、という表現を繰り返し答弁している。これが政府の統一した見解、とまで言っている。
これでは、韓国やロシアの不法占拠を事実上、容認しているに同じです。国際裁判に持ち込んだとき、そこを突かれれば重大なる失点になるのは必定です。これは、国民への欺瞞、背信行為ではなかろうか。

「法的根拠のない占拠」と「不法に占拠」は、似て非なるものです。何処の、誰が、この「法的根拠がない」という、第3者のような言葉、巧妙で策略的な言葉を発したのか。彼の国との友愛精神によって、秘して約束したものでないことを願うのみです。

 

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2012年1月29日 (日)

確かな自信

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 自信過剰は、道をあやまることもあって困りものですが、自信の無さは、それ以上に局面打開には遠く、元気の出ないのはどうしようもありません。いま、不意の困難にあっても、日本人は冷静で秩序がある、と世界から驚きと称賛の声がとどきました。言われて、びっくりです。

そう、日本人は、海の向こうと違って古くから識字率が高く、営々と築いてきた文化、礼節と寛容さに、もっと胸をはっていい、確かなものをもっていたのでした。ドラッカーは、「20世紀最大の功績は日本ではないか」と言っているのです。

思えば、アメリカ軍が進駐してきて以来、その憧れと喜びに反比例して、自信を無くしていったのが我々であったような気がします。自信を無くしたものほど、頑なです。
その最たるものが、一部の教組幹部であり、いくつかの新聞人、放送人ではなかったか、その感染の蔓延はいつまでも続くはずもない。いまや、心の中でうすうすと気づきつつあるような気がします。

 

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