威信をかけて・・

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 世論調査で東京五輪・パラリンピックの開催について59%の人が「中止する」と答えたというニュースがありました。
 いろんな情報がある中で、そういう結果に傾くこともあるとは思いますが、でも、いまに至って中止という可能性を問うことは、無理なような気がします。

 中止によって一体どのくらいの経済的ダメージ(違約金などを含む)を受けるのか、わかりませんが、それを除いても、その後に何がまっているのか予想


もつきません。
 ものごと、何があってもやり抜くことが、とても大事なことだと思います。
降ってわいた災難、それどころではないというのも分かります。この際しょうがない。中止もやむなき、ということでしょうが、必ずしも、コロナ禍対処と五輪が両立しないわけでもないと思います。

 もし開催中止になれば何となく空しい挫折感と虚脱感が漂うばかり、その後の回復は容易でないような気がします。


 ここは、試練を問われているところ。つらいけれど、万難を排して、威信をかけてやり抜くことが、後々、好結果を呼ぶことになるのではないかと思います。それは、中止した場合には望むべくもないものだと思います。

 

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2021年5月 7日 (金)

無事でいられるのは

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 初夏の緑と白い雲、大樹の木陰でゆっくりとできるのも、まあ、何はともあれ元気であればこそです。

 緊急事態としていろんなことが遅いとか手ぬるいとか他に手はないのかと巷の声がセンセーショナルに流れてきます。

 スーパーにも行くし、散歩もする、バスにものる。今日まで無事にいられるのも、多くの人たちが気をつけて行動していることが、功を奏しているのではないかと思います。


 みんなまわりまわって繋がっている。その結果として今の自分がある。幸いなことだと思います。

 

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2021年5月 4日 (火)

情 熱

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 一途に情熱をもって生きる姿は清々しいです。世の中、ひとのために何かを成そうとする志しは、こんなにも大きく人を動かすのかと思います。

 大河ドラマ『晴天に衝け』で、栄一は、同志をあつめ決起にはやる。しかし、長七郎は、愚かなはかりごとだ、とみなに切々と訴える。栄一は心を動かされ、目が覚める。

 栄一は妻の千代に言う。話していて気がついた。長七郎が正しい。俺は間違っていた。


 やはりものごとどんなに一途に思っても、それが最善とは限らない。逆に最悪になる場合もありうる。

 そのるつぼから抜け出すのは、自分の力ではどうしようもなく、さまざまなものを見る目の違い、ひとの力に負うところが大きい。そして聞く耳あって、立ち止まる、その瞬間があるかどうかできまるということではないでしょうか。

 

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2021年5月 1日 (土)

季節の風物

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 こいのぼりがある風景は、それだけで印象が一変する。
はっとして遠いものをよび覚まされるような気がします。その風景は明るくさわやかです。

 以前には街の中を歩いていてもマンションのベランダに小さなこいのぼりが見えることもありました。うれしいような生活感があっていいものだと思います。いまは気のせいか見ません。

こいのぼりを見たいと思って、山の中に一戸だけある民家園に行ってみました。


 庭先のこいのぼりが、高く風になびく景色は、清潔感があります。見ているだけで何か癒されるものがあります。
 いらかの波と雲の波 かさなる波の なかぞらを・・を思い出します。

 そういえば、最近は童謡を聞かなくなりました。大人になっても聞きたいですが、どこに行ったのでしょう。
 季節ごとの風物を残していくことは心の清涼剤、大切なことだと思います。

 

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2021年4月28日 (水)

謙虚な姿勢

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 ドラマは、ことばの展開のおもしろさが命でしょうか。たまたま見たテレビにひきこまれることがあります。
『イチケイのカラス』は、裁判官のドラマだけど、固くない。知的でコミカルな裁判官の職場の雰囲気は、見ていて気楽に楽しめる。ドラマ中で、
「裁判官は間違いをしてはならない」、といわれて、「私はそうは思わない、人間、間違いはあたり前、間違ったとき、どう対処するかが大事だ」
と主役の裁判官は言う。意外なことばでした。正解がないと


ころで、結論を出そうとすれば、間違いは避けられないこともあるでしょう。
 自分は間違っていないと思い込む人より、間違えることを自覚することは、謙虚な姿勢といえるでしょう。見えない本当のことを知りたいという思い、そこに責任感がでているように思います。

 ドラマの面白さはわき役陣あってのものですが、中でも黒木華は光っていると思う。憮然とした表情、視線のわずかな動きなど中々の役者だと思う。


 ところで、新型コロナのワクチン接種が遅れていると言われていますが、その事情は知りませんが、手を尽くしているのでしょうが、相手のあることで難しいこともあるのかと思います。

 インドでは4日連続で三十万人余りが新型コロナウイルスに感染という。なんという驚き、悲しみと怒り。

 他の諸外国に比べれば日本は少ない感染者数です。
ワクチンが日本に回って来ないのは、そんなところにも要因が


あるのかも知れないと思うのですが、なんとか終息の方向に行ってもらいたいものです。

 

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2021年4月25日 (日)

新 緑

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 新緑はやわらかく、風もあるかなきかのさわやかさ、犬も散歩が大好きです。それもままならないとは、ちょっとつらいところです。
 今日は四月二十五日、穀雨の次候、第七十二候、霜止出苗(しもやみてなえいずる)。
 すぐに春もおわり、苗も育って青々と力をつける頃となりました。週末には、夏も近づく八十八夜・・あかね襷にすげの笠・・。と季節はまぶしいくらいに明るくなります。春惜しむ犬の散歩や気もそぞろであります。

 

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2021年4月22日 (木)

若葉の時期

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 そこにあるべきものがないということは、何となくとても静かなものを感じます。ベンチに腰掛ける人はなく、日の光りの中で若葉が勢いを増すこの時期、この一瞬の色はいまだけのものです。目に見えない恐怖は、ここにも及んで、道にそってネットが張りめぐらされて、公園の中には入れてもらえない。

 恐々とする中にも閑あって考えてみれば、理屈というものは前提があってなりたつもので、すべてそれで押し通せるわけでもないです。


 無くてはならないフアクターをどんどん落としていけば、どうにでもいえるのが理屈という一面もあると思います。
 それとこれとは別かも知れないけれど、報道の自由のランキッグ、日本は67位で、G7の中では最下位、42位の韓国を下回る。とNHKまでもが、まじめに伝える。およそ信じ難いものです。

 これも報道の自由と言いたいのでしょうか。そのニュース、どれだけの真実性をもったものなのか疑問であります。

 

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2021年4月19日 (月)

憂 慮

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 4月も半ばを過ぎて、森の中は、瑞々しい景色になりました。横浜の奥、ゆるやかな山ひだがいくつもあって、水が沁み出る谷すじに緑道がいくつかあります。
 ネットで地図を印刷できるようになって便利になりました。初めての道は、地図を見ても迷うことが多い。いまどこにいるのかも分からない。意外な方向に出ることもよくあります。歩けるときに歩いておきたいと思います。
 街の中より自然の中にいることは、明日の元気を養うよう


な気がします。

 ところで、先に、日米首脳会談の共同声明がありました。
日米は中国との対話が重要、ということで、直接懸念を伝える意図を改めて表明。
・・・懸念を伝える。いいことですね。言わなければ分かりませんから、それは中国のためでもありますし。
 臆せず、事実と普遍的価値に基づいて、懸念を伝えることは、信に足るものということにつながると思います。

 

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2021年4月16日 (金)

楽 観

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 生きていくためには、理屈では行かない何かがあると思う。それは大事なものだと思う。理屈によって答えを出されても、そんなに決まりはしないと思うこともある。理屈っぽくならなくてもいいんですが。

 福島の廃炉を進めることで問題になっている処理水の海洋放出について、いろいろ言われていますが。トリチウムの濃度を国内の規制基準の四〇分の一、WHOの定める飲料水の基準の七分の一まで低下させる。その後に放出するということです。


充分安全なほどに薄めて流すということです。
 青いインクを水に流す様子が思い浮かびます。流れるほどに色を失っていく。それは、元の青い色に戻ることはない。いくら流し続けても、薄まることはあっても、元の濃度以上になることはない。

 トリチウムは水になじむ、だから分離は難しい。おそらく沈殿も堆積もおこることなく、海水となって広がっていくだろうと思います。つまり大洋にあっては限りなく元の海水に近づ


くと見ていいと思います。
 蒸発によって局所的にトリチウム濃度が上がるかといえば、トリチウムも水と一緒に海面から蒸発するでしょうから、残留によって濃度があがることもない。
 飲料水の基準よりはるかに薄まった海水ですが、魚が、体内にトリチウムが蓄積するほど海水を飲むとも思えず。

 大洋は、大きな浄化作用をもっていると思います。
人も体内にトリチウムを保有しているといわれています。


 処理水放出の件、専門家集団と政府の決断を信じます。

 

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2021年4月13日 (火)

時間がゆっくりと

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 少し前に見た、養老孟子先生とねこのまるの番組は、感慨深いものがあった。
 その猫は目が丸かったので、まると呼ばれた。まるは死んだ。

 まるは、庭木の木陰に傘が置かれその下に寝かされた。その場所が好きだったので、家族がそうしたのだった。帰宅した養老先生は、そこに立ってじっと見ている。
 番組はまるとの何でもない静かな日常が描かれる。まるの好きなようにさせてやる。まるはいつも寝ている。 けれど何だか


哲学者のようなまる。
 そこにいるというだけで大きな存在だった。まるはからだが痛むのか、動作がゆっくり。まるへの接しかたは、時間がゆっくりと流れる。

 肩の力をぬいて、押しつけることをしない、そういうことを心豊か、というのかも知れないです。

 

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2021年4月10日 (土)

ことばの重み

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 ことばの重みとはどんなものであろうか。美しいと言わないで美しさを表すのもむずかしい。嬉しいと言わないで嬉しさを表すのもむずかしい。

 人のこと揶揄するのはもっとむずかしい。ずばりと言ってしまっては品が悪い。結局、損をする。ものごとずばりと言わないことでその重みを失わないこともある様に思います。つきなみだけど。
 小説家と弁護士がネット上で批難の応酬、そのニュースをみてちょっと思った。

 

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2021年4月 7日 (水)

長き時間の浪費

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 樹々に黄緑の若葉がでてきていま一瞬の明るさです。いい季節になりました。

 世の中は共に生きていく以上、信用がもっとも大事ではないだろうか。互いの信用が、豊かな情感を醸成し、進歩の源泉になる。その中で、自然とルールが育ち秩序ができる。

 たとえば武士道も身心を律するルールとみることもできる。商いも信用が第一といわれ、約束ごとがまもられる。
 長い歴史を経て、共に心豊か


に生きるための知恵の集成を文化というなら、文化は利己的な営みの外にある。
 文化は庶民の間で広がっていく。おそらく強権、独裁においては、心の豊かな文化的所産は育たないでありましょう。

 昨日のニュースによれば、中国外務省は、中国が発展することは世界の平和にプラスする。とのべたという。
見え透いたうそ。見たところ、中国が発展すればするほど、好き勝手に横暴になる。
 中国には民主主義と自由だ


けはない、ということは、みんなが知っている。
 あざむくということはあっても、人を信用することがない風土。神も仏も敬うことなく、身の潔さも、親切もない。
 ありがとうもなければ、情けも義理もない。拘束されれば、悲しいかな血も涙もさらさらない。いかに取り繕っても、人権をないがしろにする残虐性はもはや隠しようがない。

 ひとごとでは済まされないものがあります。邪悪の力を是とし、正しい事ができない中国。


 かくも長き歴史的時間の浪費はなぜでありましょうか。

 

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2021年4月 4日 (日)

若緑の新鮮

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 下草は青々として所々に花も見える。ゆるやかでカーブした段々、この道は住宅群につづく専用の道らしい、手前にある木の看板にそのことが書かれている。樹々には芽吹きがみられ、やがて葉がしげれば緑陰に変わる。
 まだ裸木の多い緑道をあるいてきて、この若緑は新鮮だった。

 ココログに限らずいろんなひとのブログを読む。いずれが実かいずれが情か、入り混じって自由闊達が飛び回る。世の中は広いのでございます。

 

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2021年4月 1日 (木)

桜の花びら

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 空から降ってきたような花びらがあたり一面にひろがっている。桜の花びらは清浄で、みそぎのごとくしばし人の身にふりつづける。それが桜の雄大で偉大なところ、人はここに来て桜と一体となる。そのひと時はこの時だけ、心ゆくまで楽しむのがよろしい。
 いつもなら歩いて来るのだけど、今日(30日)はバスで25分、楽をした。
 春は、別れと出合いのとき、それを飾るのが桜であります。いずれも位置につき、いざ、号砲がなる。

 

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2021年3月29日 (月)

やはり桜は、

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 近くの公園の桜、やはり桜は、たおやかにのびた枝が美しい。下にはスノードロップが咲いている。
 最近は、根本からばっさり伐られた桜も多い。枝折れ落下の危険かどうか、枝を切られたものもよく見かける。あれには興趣を削がれます。それも仕方ないこと。
 古人は絶えて桜のなかりせばという。いまもむかしも、憂きことあるのが世の常、それほどに、やはり桜は、人の心をなぐさめてくれものでありましょう。

 

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