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2009年1月

2009年1月25日 (日)

Aマスコミ型というインフルエンザウイルス

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 世界において日本の影が薄いのは、その時の政府の短命に原因があるのではと思うのです。

短命であれば何ほどのこともできませんね。 国際社会に知名度も上がらなければ、信頼を得ることもでいません。

では、何ゆえにに短命なのか。 思うに、それは社会がそうしている。

たとえば、こどもの頃欲しかったおもちゃを買って貰っても、移り気ですぐに飽きてしまい、また別のおもちゃが欲しくなることに似ています。 あるいは、彼の人に自分の理想を重ねつつ、近寄って見て初めて自分の理想とその期待にギャップがあることに気づきます。

こうした風潮は、Aマスコミ型というウイルスによって感染が蔓延します。

ついに、これには時の政府も志なかばで挫折です。 でも、このような試練をくりかえしながらも、日本は世界有数の平和で安定した国になりえました。

しかし、今や日本のかげは薄いと思います。 世界に確固たる技術立国日本の自負が、列強に比肩し得る理想のその人を夢みる。

その無いものねだりが、短命の原因ですね。

けれども、ぬかるみはいつまでも続くはずがありません。 やがてその人がいつか現れるに違いないと思っています。

 

 

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2009年1月18日 (日)

失敗は無駄に終わらない

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 ちゃんとやったのに仕損費を出してしまいました。 前にもあった同じ失敗です。 やっぱり、初心は忘れやすく落とし穴がひそんでいるのでした。
何もしていなければ、失敗は起きない訳で、面倒な作業をしていればこそのミスが出るのだ、と自らなぐさめるのですが、損失を出した責任は厳然とあるのです。

間違いはどうして避けられない、運命のいたずらでもありましょうか。 難関をのり越えるには、卓越した洞察力と創造力をもった決断が必要なわけですが、みなが一致してその決断の道を歩んだとして、その功が奏して結果が見えるようになるには、時の流れが必要なときもあります。

良かれと思ってもうまくいかないこともあるでしょう。 でも結果として答えが分かった。 未知の経験をした。 ということは財産となりますね。 経験しないことには、良くも悪くも分かり様がありませんからね。

あれは失敗だったと非難するのも悪くはないですが、
ま、結果を見てはじめて、だれでも評論家になれると言われます。 「言うは易く行うは難し」 が真理なら、他人の失敗はひそかに嬉しいのも事実。

極端な話しテロと戦って良かったのか悪かったのか、ということよりも、学習できたということが良かったのでは、と思いますね。

間違いは無駄ではなかったのです。 やっぱり転ばなければ起き上がれないのが道理、反射神経も身につかぬ。 と思います。

 

 

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2009年1月11日 (日)

思考が単純化してしまった・・・

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 善悪あわせて持っているのが人間であろう。常に自分の行動において、この内なる善と悪を行きつ戻りつしながら考え、その上で判断している。

事の良し悪しは、その場において、あるいは人それぞれによって同じではないということも分かっている。

小さいころから 「悪いことはしてはいけませんよ」 と言われ、それが一種の呪縛となって、正しいと思う道に真っ直ぐに進むのが美徳という思いもあるであろうが、成人したものにとって、その思い込みは、深層にある本質を追究しえない思考が単純化してしまった中毒かも知れない。

いまの世界のあらゆる地域における状況の複雑さを持ち出すまでもなく、世の中の善悪の判断基準は明確ではない。
そのような確定していない「悪」に対して直情的に糾弾し、且つ、かけ引きの圧力を加え自らの「善」を押しつけてもうまくはいかない。

急がばまわれ、のたとえもある。 もう一度何が「悪」であるのか、何が「善」であるのか、考えてみるのがいだろう。 その上にたてば、攻めるべき方向が見つかる。
一方的に攻め立てれば、反発だけが堅固になる。 他者が単純思考で「善」に凝り固まっている場合はなおさらだ。 あげくは思わぬ方向からの反撃に自ら崩壊をまねくことにもなりかねない。

難敵にむかうに、中毒症状のまま正面突破の正攻法では、策がない。 スピンアウトを見て思った。

 

 

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2009年1月 2日 (金)

過ぎゆくのを待つしか・・

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 休みの日がつづくと、時間がゆっくりと流れるようになりました。
緊張がゆるんで、楽な気持ちにはなりますが、いま一つ頭の中がしゃんとしない気分です。

やはりある程度時間に追われている方が、ものごとの発想が豊かになるし、能率があがるような気がします。

こういう時は、もう、ただ時間の流れにまかせ、状況が変わるのを待つしかありません。 いまは怠惰な気分になっていて、自分の意思では何ともしがたい状態です。

所詮、自分ひとりでは、何ほどのこともできない弱い存在だということです。 時節の変わりや、情報の渦に巻き込まれながら、世の中のすべての関わりの中で、その恩恵があるから、生きていけるのだと思っています。

ということは結局、自分の怠惰な性格をまわりのせいにしている習性は、たぶん治る見込みがありません。

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