« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

2009年4月29日 (水)

昭和の日

090429b

 

 昭和が去って20年、平成がひとつの時代として、いま定着しつつあります。
どちらかといえば私たち日本人は、論理的思考が苦手で精神論でやりぬくのを好みとしていると思います。

その性向の結果として、昭和という時代においていくつかの困難を経験しました。 その非論理的で、本質を見失いがちな独善的な行動の傾向が変わったかといえば、大して変わっていないのではないか、という気がします。

驕るもの久しからず、と言います。 驕るものの常として、何かの権力をもつようになったとき、バランス感覚を失ってしまうようです。
精神論あるいは感情論にしか見えない、すじの通らない押しつけが、テレビを通じた公衆の場や職場、あるいは小さなところではグループの会合などにも見ることがあります。

自分だけの考えに陶酔し、自分の成しえる立場を利用して権力を私する人を見るとき、やっぱり変わっていないんだ、と実感します。

その顕著なものが、ときには新聞であり、あるときは放送番組の制作者であり、一部の教職員組織であったりするように思います。

支配を忌避しながらも自ら支配の指向に陥る矛盾は、同じ習性をもつ日本人のひとりとしての悲しみであります。

しかし、そのような場にあることは、ひ弱を克服して耐性を身につけ、生きる力を与えてくれるものでもあると思います。

 

 

| | トラックバック (0)

2009年4月20日 (月)

「高校生ぐらいに成長した」議員さん

090419b

 若手と言われる10人の議員さんとの討論会の席で、その議員さんたちに対して、「高校生ぐらいに成長した」と加藤紘一先生がおっしゃったということです。

まあ、自論に同調してくれた人たちに気をよくして、褒め言葉のつもりだったようですね。

野次馬根性でいうのですが、加藤先生、先輩議員としての1日の長はあると思いますが、単に若いときに身についた正義感から抜け出せないで、けがれをを知らぬ人のように見えます。時代の流れ、大局を見失われたのではないかと思うこともあります。

自分を高みにおいて、他人を「成長した」と言われることに、どこかおかしさを感じます。

そこにいたのは、ごく一部の若手の議員さんたちですが、一人前の大人であるにもかかわらず、言われて反論しなかったのも、不思議と言えば不思議です。

 

 

| | トラックバック (0)

2009年4月12日 (日)

新聞の”にじみ出る”って、ほんと?

090412b

 

 正直に思ったこと言うのは良いことだ。 と、学校では教えるのかも知れませんが、ちょっと安易な気がしないでもありません。

というのも、指導する立場から見れば、労せずして個々の考えを把握できるからです。 けれども、普通の人は、思ったことを言うには、時と場所、それに相手を選びます。 そうでないと、予期しない混乱の元となることがあるからです。

人の思いは、それぞれに感性があってさまざま、事実はひとつでも主観は変わり得ます。 そういう中で見聞きするごとに、なるほどそういうことであったか、思うことがあります。

それは、新聞を読んでいて、記事を書いている人の主観が見えたときです。

たとえば、記事の文末にでてくる ・・・する狙いがある。 ・・・見え隠れする。 ・・・見方を示したかたちだ。 ・・・したい思いがにじみ出ている。

などなど、・・ぼくには必ずしも思い至らないことを教えてくれたりします。
つまり、他者の主観を、ぼく中で客観的に受け入れることが可能となってくるのです。 ですが、一方でそうかな、とも思ったりすることがあります。

その執筆者の巧みさ、安易さがちょっぴり不安でもあります。 ひねくれたぼくとしては、ときには、ほんと? と言って見たくなります。

 

 

| | トラックバック (0)

2009年4月 5日 (日)

「あやまる、そりゃ弱さのあらわれだ」

090405a

 

 と、西部の男ジョンウエインが言っていました。 謝っても元にには戻らず、解決にはなりません、ジョンウエインは、すでに全容を理解し責任の共有を感じていたのでしょう。

朝日新聞襲撃事件の実行犯と名乗る人の「告白手記」を載せた週刊新潮に対し、朝日新聞は、事実と違っているとして「謝罪せよ」と、言っています。

新潮の記事は、朝日を中傷した記事ではないと思うのですが、朝日は新聞1ページを使って検証記事を載せていました。 なぜに朝日がそこまで怒りをあらわにして「説明、謝罪」を迫るのか、不思議を通り越して、笑っちゃうぐらいあきれてしまいました。

よほど「謝罪」「説明」を突きつけるのが好きに違いないです。「バンキシャ」を糾弾する報道のしかたを見ても、朝日のそれは必要以上に執拗で、あたかもそれは暴力に匹敵する感があります。

そんな報道に説得力がないのは、朝日の言う「NHK番組改変問題」について、NHKが出した18項目の公開質問状を、他紙は報道したのに対し、朝日は報道しなかったばかりか、いまだに回答していないと言えることです。
過ぎたるは及ばざるがごとし、返って自らの不信をきわだてることになりますね。

 

 

| | トラックバック (0)

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »