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2010年8月

2010年8月30日 (月)

約束された言葉

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かって朝鮮半島では、特権階級のみが漢字を読み書きでき、民衆は放置されていた。ハングル文字が発明されていたが、民衆に広まることはなかった。
それは、李朝時代の特権階級が望まなかったからであった。
そこで、日本は、5000校にあまる小学校を建て、教科書を用意しハングルで読み書きできるようにした。ということを知った。

「言葉を奪い、文化を奪い」ということとは、違うようだ。

そうして見れば、ハングルが民衆に定着したのは、近代に入ってからのようだ。現在のお金に換算して、日本が60兆円を越える資金投入をして近代化を推し進めたのも当時の日本人の性格と前向きな考えからすれば、事実に違いない。

「多大の損害と苦痛」と言われても、言葉のあそびに見えてしまう。
「意に反して行われ」、「国と文化を奪われ」、「民族の誇りを傷つけられ」、これら菅談話の中の言葉は、文法で見れば、朝鮮半島から言う言葉だ。
これらを含め、「多大の損害と苦痛」にたっては、主語が日本人ではない。という指摘は、うなずける。

聞くところによれば、民主党議員たちがソウルで、「どうような談話を望まれるのか」と伺いをたてたという。
菅談話が、その意を汲んで、約束された言葉が混じっていたなら、自らの内から出たものとは言えず、朝鮮半島の人々に対して、誠意のある談話とは言えないと思う。

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2010年8月22日 (日)

国会議員さんにも国家試験を、

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民主主義は、数である。という。質の低下した議員さんが多数を占めるのは、問題だ。

数の一員である質の落ちたものは、確かな資質をもたず、お互い議論し切磋琢磨するには力の差がひらき過ぎ、虎の威を借る狐になりやすい。
何かを決めるにしても、自らの定見がなく、大きな声で言うひとに引きずられてしまう。

官僚といわれるみなさんは、知識と長年の経験による見識にすぐれ、その専門家としての技術力は、少なからず国のあり方をささえてきたと思う。難しい上級試験をくぐられてきた人たちだ。

その国家試験をパスした人たちが、パスしていない議員の多数勢力によってすみに追いやられるのは、おかしいと思う。大きな損失だ。


議員を志す人にも、何らかの国家試験があって然るべきではないか。少なくとも自衛隊の最高指揮官は誰かという問いに、即答できなければならぬ。

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2010年8月 6日 (金)

いでよさむらい

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美しい日本はどこへ行ったのか。柔は鋼を制す、という。美しいもは、人を魅せる。海外でもサムライは、知られている。礼を守り、人のために忠誠を尽くす、命にかけても約束を果たす。それがサムライのイメージ。

遠い地球の裏側で、交渉が行き詰ったとき、自分はサムライだというひと言で、信頼を勝ち得たという話しも聞いた。美しい日本の姿、資源もなく、威を張って生き抜くすべを知らない日本にとって、世に信じてもらえるかどうかほど大切なものはない。

美しい日本の姿が、世界から信頼される。それは日本人の精神的支柱でもある。その信頼を失えば、心はすさみ、平静を失っていく。考えることは堂々巡り、もはや前に進むことはできなくなる。

武士に二言はないといい、ゆるぎない一心でやりぬく気風は、旧くは庶民に畏敬の念を抱かせ信頼もされてきた。

いま、二言、三言と、いとも簡単に前言をひるがえす風潮は、ついに、「いかなる場合も8月までに完了する」とした約束までも、守ることもできそうにない。日本の世界の信頼はどこまで落ちるのか。美しさはすっかり色あせてしまった。さむらいよ、現れいでぬか。

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