« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

2010年9月27日 (月)

中国の日本への恩返し

100926b_2

Line01

物言えば唇寒し秋の風。粛々と対応し、粛々と判断し、今後も同じように粛々と対応する。なんだかみんな無口になったようです。

責任、謝罪、賠償という言葉に落ち着きをなくす。何か言えば百倍になって帰ってくる。これはもう通り過ぎるのを待つしかない。思っても人の悪口は言わない。わが身の正当性も言わず。保身おぼつかずです。

われらの哀しい性は、どうしようもないのでしょうか。日本の巡視船の傷跡は事実を物語っています。 だれかが言ったように、「潔白は証明された」ぐらいには言ってほしいものです。

それにしても、今度は、反対に日本の漁船、巡視船が拿捕される危険が増しました。 大丈夫?大丈夫ではないでしょう。・・・ずっと前、誰かが言っていました。中国や周辺国の行動は、かって援助してきた日本への恩返しだそうです。

「いつまでも平和ぼけするな!」 「日本よ、目を覚ませ!」 「聞こえないのか」 と、俄然、元気がでてきたような気がします。

Line01_2

 

| | トラックバック (0)

2010年9月20日 (月)

判断をあやまる感情論

100920b

Line01

朝鮮学校への授業料無償化は、親の負担を軽減するものであって、子供たちのためのものではないでしょう。新聞で読みましたが、社民党の阿部知子さんの無償化への賛成論は、つまるところ、子供たちへの感情論であるように見えます。

「子供たちが、どれほど傷つくか、差別を受けた、排除さえたと感じるだろう、学ぶ権利を第一の考えてほしい」 と、さらに、「(無償化によって)人は追い詰められれば追い詰められるほど、殻に閉じこもってしまうものではないか」 とも述べられています。

無償化しないことが、差別にあたるかどうかは、異論のあるところ、それは別にして、差別が悪であるかのような考えは、必ずしも正しくはないと思うし、殻に閉じこもるような、ひ弱なものでもないでしょう。

差別によってしか、学ぶことができないことも多いです。叱ることがそうであり、競争させることがそうです。ほめることも大事だが、叱ることはもっと大事。おとなの世界でも同じ。阿部知子さんも「朝鮮学校の教育内容に問題がないとは思っていない」 と言われます。

教え方が間違っているなら、叱るのことこそ責任ある親愛のあかしとなるはずです。
無償化するかどうかは、国が行う政治の問題であり、子供たちの感情、あるいは自分の感情をその理由にするのであれば、政治家にあっては、あやまりではないか、と思います。

政治に感情が入ると、判断を誤り、道理が引っ込み無理が通る。と思うからです。かって沖縄の集会で、生徒を壇上に立てていたことがありますが、「私のおばあちゃんがウソを言っているというのか」 と、あの映像を思い出します。

Line01_2

 

| | トラックバック (0)

2010年9月13日 (月)

今は言わない?

100912b

Line01

いわゆる、ばらまきの財源について討論する報道番組を見た。
無駄を削るとか、埋蔵金などという一時的な財源ではだめだ。恒久的な財源がどこにあるのか?という問いに、

森ゆうこ議員は、財源はある。ときっぱり、言い切った。
あるというなら、在り処をはっきりさせなければ、妄言にひとしく虚言ととられてもしかたない。しかし、そのもの言いは、確信に満ちたものがあった。

どこにある?と詰め寄られるて、
不遜にも、「いまは言わない」 と言い放った。
国の疲弊によって、借財の方が多いことが明らかになっている。今は言わない、とは、どういうことであろうか。

そこに重大な意味の秘されたものを感じる。多数党になって次第に表れてくるその考えていることは、予期しなかったことが多い、冗談ではなく、本気で考えていることが分かってきた。

その多くは、以前には、表立って言わなかったことだ。
まさか、防衛予算が無駄とは、信じたくもないのだが、小沢一郎先生も、財源はあるとおっしゃっていたが、それも明かしてはいない。

Line01_2

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 8日 (水)

闘う男

100905b

Line01

幕末から明治にかけて男たちは、闘志に燃え命をも惜しまず活躍した。魅力ある男たちだった。よく勉強し、深く考えた。万国の法に照らし律儀に行動したのは、竜馬に始まる明治の男たちだった。

ところで、今の時代の平均的な女性の思考のイメージは、男性にくらべ表面的であり、情感に左右されやすい、と思うのだが、今や一部の男たちは、女性化したように思う。男のものの考え方が変わってしまったのだ。

情報の洪水におぼれ、何が正しいのか自ら判断できなくなった。平和なくらしがつづき、脳が怠惰になって、楽な方に進むようになった。人の考えをもって、それに同調することが多い。あたかも自ら考えたように行動する。
近隣諸国の顔色ばかり気にし、
謙遜、謙譲を美徳とするあまり、自ら国を卑下してやまない。
これは、風土と価値観の異なる国に対しては、誤解され、笑いこそすれ、信頼と理解をえられるものではない。

他から反論されると、理由をつけて辻褄を合わせる思考に変わった。過去の断片と対比する理由づけは、浅薄であり、対比の不適合が目立ち、正当論は破綻する。

政治は感情論ですすんではだめだと思う。感情を優先するのは、表面はよく見えても、自他共に強くは、なれない。考えが表面的で情感に左右されやすいという典型の例として、女性党首にそれが見られる。闘うことをわすれ、男の考えも女性化しつつあるのではないか。

Line01_2

 

| | トラックバック (0)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »