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2011年2月

2011年2月25日 (金)

言わずもがもな、粘り強く交渉する

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うべきことを言わずしてすでに敗北している感があります。粘り強く交渉をつづけていく、という言葉の崇高な美しさほどには、その策が見えないのであります。ロシアに対して、また韓国に対しても、粘り強く交渉を続けたいと異口同音に言いながら、反発をおそれ、思案なくば名案も生まず、先の見通しが立たないのであります。

粘り強く交渉つづけるなど、相手に対して何らインパクトになりません。のみならず相手の優位性だけがきわだつのです。そもそもこの言葉は、自らの信条として内に秘すことによって、無言の効果をもたらす。外に発してはいけないのです。そうであってこそ、日本人の美徳として意味をもつと思うのです。

言わずとも、粘り強い強靭さが自ずとにじみ出たとき、一筋縄ではいかないと、相手が知れば良し。そう思わしめてはじめて優位に立つことができ、その緊張がつぎへの策と発展するはず。粘り強くなどと、安易に外に発すれば、たちまち刀折れ矢尽きるを物語るも同然、座して待つ間に、状況はいよいよ困難を増すのは必定であります。

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2011年2月19日 (土)

甘えとも知らず

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やめる、やめない、ある、ない、でる、でない・・・などなど、言うは易し行うは難し、世の中煮え切らないことが多々あります。

一体いつからこのようになってきたのか、われらが太平飽食の時代は短兵急に走り、わがまま抑えがたく責任回避に汲々となるも、みな甘えとも知らで、時の過ぎ行くままに焼きがまわり真摯に考える力を失ったのでありましょうか。

自法愛染は判断の誤り、すなわち後に言行不一致となって現れ、不信の波は広がるばかり。最善と思うところは、実はそう思ったのは自分だけだったということは、よくあるところ。海の向こうは知らず、失敗を悟ったならば、いさぎよく非を認めた方が解決は速い。勇気と決断、素直さがあれば立ち直りは速いはずが、もはや老いてはそれも叶わず。二老兵は去らず、ただいたずらに声あらげることのむなしさよ。

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2011年2月 7日 (月)

気づかないやまいの涙

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ほんとうにひどい、と涙を流して、理不尽をやめさせるためにこれからも闘う、と先生が話したと新聞が伝えていました。思想、良心の自由を侵して苦痛を強いられたという国旗国歌訴訟で敗訴になった先生たちは、かたくなでした。

そのあふれる涙は、どこからきたのでしょうか。得体の知れないものに感染し、病んでいると言うしかありません。健全な身体を養えば健全な精神が宿るはずなのに、いつまでもあわれというほかありません。

心の病める人を裁判で裁くことはできないと思うのです。それほど苦痛であるなら、無理にその場に臨まなければいいまでの話です。そうすれば、いつか病は癒えるはず。範となるべき教える人が式典にでて、自己主張を固持することは、義務を捨て、また、立場を利用し自ら、権利の乱用をしている矛盾に気づくべきです。

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