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2011年8月

2011年8月21日 (日)

外圧に目がくらむ偏見

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多くの国民の代表とも言える閣僚が、中国と韓国に気をつかって靖国神社に参拝しませんでした。
外から押さえつけられ、ねじ曲がったこの国の劣等感と卑屈さは、20世紀の社会に貢献してきたと言い得る、この国の、ある裏面の哀しみでありましょう。

靖国神社そのものは、世にある神殿に、等しく清浄なものであって、外圧によって忌避され得るものでも、干渉される得るものでもないはず。「政治問題化しているので参拝しない」という閣僚は、政治的に利用しようとする敵意を、認めるに等しく、われらが真っ直ぐな姿勢を示すものでもありません。

江田五月法務大臣は、「靖国神社は国民を戦争に駆り立てる役割を果たした」と、驚くことに、敬うべき先人を傷つけて憚らず、国民の前に間違った思い込みを吐露しています。厳正であるべき法務大臣に有るまじき姿、まさにその心の錯乱状態を哀しむものです。

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2011年8月 8日 (月)

巨大な偏見から目覚めるとき

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素朴な心を持ち、ものごとに固執しないことが、創造の源泉でありましょうか。たゆまぬ探求心がある限り青春はつづくもの、そうした姿勢が新しい発見のよろこびにつながると思います。自由な発想を生む環境と、ひたむきな研究心、そこに大きな実を結ぶのが、ノーベル賞ですが、日本は、自然科学の分野だけで15人が受賞しています。

数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受けた広中平祐さんは、つぎのように言っています。
 「固執は偏見をよび、その偏見にまた固執して、そういう悪循環をくりかえすうちに、ついには、物事を新しい角度から観る態度が妨げられて、自分の偏見で一方的に観てしまい、この方法で解けなければ、現代数学で解けるはずがない、という、巨大な偏見が私の中に形成されていったのだ。」
・・それに気づいたとき、はじめて誰も解けなかった問題が解決したと、言います。

鬱稜島を訪問したいという日本の3人の国会議員が、韓国で入国拒否されました。韓国政府によって拒否されたというものでしたが、実態は、民衆とマスコミの力に、政府が抗しきれなかったものでしょう。
思いこみから抜け出すことができず、問題解決を探らず、礼を捨て、ただ、一方的に日本批難をすることに熱情をついやして歓びを感じているうちは、新しい道は拓けないでしょう。

判断を誤らせる感情論、そうした、彼の民衆のうちなる熱きものを見ていると、ふと、同じものを菅首相の中に見えた気がします。
国会の本会議で、演壇に立ったとき、菅首相の水の飲み方は、片手にコップを持ち、もう一方の手で口もとを隠す飲み方でした。水でも、ワイんでも、片手で飲むしぐさが、美味しそうに美しい形になるものを。日本では、口元を手で隠す飲み方は見たことがありません。
そういう飲み方は、朝鮮半島の人たちが、目上の人に対する飲み方、と言われています。見ようによっては、私には、飲み物を人に取られないようにする、しぐさにも、写ってしまいます。

ああ、今や、日本の首相になった。有頂天になっている菅首相の気持ちが分かった気がします。感情のままに、自我に固執する。国家の弱体化は、彼の民衆の望むところ。国旗国歌法に反対した理由も、いま氷解しました。

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2011年8月 1日 (月)

はかりごとは密なり?

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連携支援のために6,250万円を市民団体に渡していたことがわかった菅首相ですが、その市民、と称する団体は、北朝鮮とつながりがあることが指摘されています。国会の不動産王でもない菅首相が、そんな自己資金をもっていようとも思われないんですが、おそらく、税金で賄われる政党助成金を含んだもので、民主党から配分されたものだろうと思われます。

では、一体そのお金は市民団体にわたったあと、どこに消えていったのか、選挙運動のためか、北のほうに消えたのかよくわかりません。市民という名の仮面をかぶり反日的行動が見える団体を支援する菅首相は、何のためにと問われて、連携支援、というばかりで、口を濁しています。その行動には、裏と表の2面性の顔があるような気がします。何を成そうとしているのかよくわかりません。

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