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2011年8月 8日 (月)

巨大な偏見から目覚めるとき

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素朴な心を持ち、ものごとに固執しないことが、創造の源泉でありましょうか。たゆまぬ探求心がある限り青春はつづくもの、そうした姿勢が新しい発見のよろこびにつながると思います。自由な発想を生む環境と、ひたむきな研究心、そこに大きな実を結ぶのが、ノーベル賞ですが、日本は、自然科学の分野だけで15人が受賞しています。

数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受けた広中平祐さんは、つぎのように言っています。
 「固執は偏見をよび、その偏見にまた固執して、そういう悪循環をくりかえすうちに、ついには、物事を新しい角度から観る態度が妨げられて、自分の偏見で一方的に観てしまい、この方法で解けなければ、現代数学で解けるはずがない、という、巨大な偏見が私の中に形成されていったのだ。」
・・それに気づいたとき、はじめて誰も解けなかった問題が解決したと、言います。

鬱稜島を訪問したいという日本の3人の国会議員が、韓国で入国拒否されました。韓国政府によって拒否されたというものでしたが、実態は、民衆とマスコミの力に、政府が抗しきれなかったものでしょう。
思いこみから抜け出すことができず、問題解決を探らず、礼を捨て、ただ、一方的に日本批難をすることに熱情をついやして歓びを感じているうちは、新しい道は拓けないでしょう。

判断を誤らせる感情論、そうした、彼の民衆のうちなる熱きものを見ていると、ふと、同じものを菅首相の中に見えた気がします。
国会の本会議で、演壇に立ったとき、菅首相の水の飲み方は、片手にコップを持ち、もう一方の手で口もとを隠す飲み方でした。水でも、ワイんでも、片手で飲むしぐさが、美味しそうに美しい形になるものを。日本では、口元を手で隠す飲み方は見たことがありません。
そういう飲み方は、朝鮮半島の人たちが、目上の人に対する飲み方、と言われています。見ようによっては、私には、飲み物を人に取られないようにする、しぐさにも、写ってしまいます。

ああ、今や、日本の首相になった。有頂天になっている菅首相の気持ちが分かった気がします。感情のままに、自我に固執する。国家の弱体化は、彼の民衆の望むところ。国旗国歌法に反対した理由も、いま氷解しました。

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