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2012年9月22日 (土)

逆の極端に向かう反省

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尊大で、反省もなく、失敗の結果は不問、それが世界の暗黙の常識かもしれませんが、それと違って、自省を美徳とするところが日本人の柔軟性をあらわしていると思います。
反省は、時の流れの収穫物、そこに行きつくまでには、いろいろな要素やそれなりの思考があってのことで、よかれと納得してきた道でありましたが、結果として、いくつかの反省がうまれ、よりよい道を模索することになります。けれども、反省の結果として、反対方向に行き過ぎてしまうということがあります。

その性急な選択は、それまでにつぎ込んだ英知も努力も、情熱さえも水泡に帰してしまいます。なによりもひとの過去や名誉までも否定されることはむなしい。曲がり道は、速度を落としてゆるやかに進みたいもの。

往々にして行き過ぎた反対方向への道というものは、未知であって、必ずしも前途は明らかではないです。いま、いろんな場面で反対という声がありますが、中には、反省のいき過ぎで、逆の極端に向かってしまった、という感じもするのですが、心を広くしてほどほどであって欲しいと思います。

 

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