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2013年1月28日 (月)

読み間違った物語

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スポーツは遊びであり、競争する楽しさがあります。身も心も熱くして一時を過ごすことは、日々の活力になります。よきライバルがあることで、生きる張り合いがあるというものです。
さきごろ、日教組の委員長は、全国集会のあいさつで、競争は子供たちのためによくない、と全国学力テストを批判したと伝えられています。こどもたちにとって、競争原理の導入はダメだ、と決めつける、間の抜けたことを言う。彼らは、民意という逃げ方をするが、はたしてそうなのだろうか。つぎを担うこどもたちの、伸びる大切なときに、芽を摘むようなことがあっては、責任は重い。

こどもたちが委縮すると、過小評価し、偏見をもってみているような気がします。いつまでたっても、化石のような幹部たち、競争は良くない、と浅はかな単純思考になったのは、かってのベストセラー、黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」の読み間違いのような気がします。

天真爛漫なトットちゃんが通ったトモエ学園は、ハンデキャップのある子供にも平等のチャンスを与えるという素晴らしいところでした。その園長先生にめぐり合って、本当はいい子なんだよ、と言われていきいきとして育っていくという感動の自伝物語でした。その本は、人々に感銘を与え、よい教育の手本のように、絶賛されたものです。

しかし、その教育は、多少とも問題児をあつめた学園であったからできたものでした。日教組が、こどもたちが委縮させてはいけない、という特定の場所における価値を一般論として、過剰に評価した結果は、その弊害も大きい思います。

 

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