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2013年2月20日 (水)

はびこる独善

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信じる道を一途にゆくというのは悪くないです。けれども、世の中それで押し通せるわけでもないです。過去から現在は事実、そこから先は、さまざまなことが起こり得る未知の世界です。信じるもの、それぞれの道は、異なる主観、あるいは感情によるところが大きいです。そういう、いろいろなものを、他に強いる行為は、傲岸不遜であり、無知な行為ということにもなりえます。

原発もオスプレイも反対、改憲も反対、近隣諸国は信頼すべし、それもいいでしょう。でも、多数の中の一部が、何が何でもいやだ、何とかせよ、というのであれば、それは多様性を認めないわがまま、ごり押しに近いです。ひとは誰しも独善にならざるをえませんが、独善は内心にとどまるべし、です。メディアその他の視界の狭い独善をもって、世の秩序を乱す弱体化への指向は、いま、ぬかるみに足をとられながら、這い上がろうとしているものにとって、迷惑なことです。

 

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