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2013年3月 5日 (火)

愚かなり、指し図という快楽

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異なる前提は異なる結論を生み、異なる前提は、正当性を失う。一体、異なる前提は、どこからくるのだろうか。おそらく、さまざまな精神のせめぎ合いのなかで、どのくらい平衡を保とうとしたか、どうかによって違ってくるではないだろうか。つまり平衡感覚がずれれば、正当性は危うい。

韓国の朴槿恵大統領は、歴史を直視せよ、と自らが正当であるごとく、日本を糾弾する。しかし、われらは、歴史観において、彼我の価値観の共有を認めるものではない。彼らの感情と快楽のための道具としての歴史を直視という、自らには問わず外にのみ向う価値観をもって、日本に対して指し図するのは、愚かにして不遜であり、正当性はない。彼らのことは知らず、われら日本人の文化と精神において、歴史を曲げることはあり得ないからだ。

彼らは歴史の英知に目を向けず、かれらが快楽としての特定の心情のみを過剰に追求し、歴史を壊そうということに喜びを感じるのは、彼らの不徳なり。われらは快楽よりも、実をもって尊しとする。

かって、日本が彼の地に成した、農業改良、学校開設、鉄道敷設、衛生医療事業、などなど、新風を起こしたのは、列強の中に見ることはできない施策であった。それを国民に知らせず、一途に、日本=悪、という教育、風潮は、歴史を直視するにはほど遠い。

日本は海に囲まれ、中華思想とは無縁、歴史の成り立ちから独自の文化を形成し天皇をいただく独立国である。
然るに、彼らが、中華におもねり、日王とよぶは、歴史を学ばないにひとしく、歴史認識を問うを得ないはずであります。

このように述べれば彼らは、妄言だ、というであろうか、それもよし、それが大多数の理性の発露であるならば、それが彼らの正義であろうから、認めはする。

 

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