« ひっくり返る真実 | トップページ | 道徳性の衝突 »

2013年5月29日 (水)

日常生活を下地にしてでる言葉

130528a

感性こそ人間の本質、もののあわれという言葉は、日本人のすぐれた感性を表しています。ものに感じる心、それは美を見出す感動と、時間の流れの中に抒情を誘い、記憶にとどめようようとします。それが源氏物語を代表とする日本の文芸に生きている。それを生んだのは、千年の歴史をもつ、平かなの創造ではないかと思います。ひらかなが、庶民の識字率を高めました。それは中国にもできなかった画期的なものでした。

そういう創造性を持つ精神風土は、芸術の進化やものづくりの得意な日本人の特質に生きている。もののあわれを感じる心が、水がしみこむように広がって日本の美意識を育ててきた。言葉づかいや礼節は、そこから生まれてきたと思います。

中国は、ことあるごとに尖閣は、「日本が盗んだ」、と直線的で野卑な言葉を使っていますが、品性と気位の無さはどうだろうか。言葉というものは、永く培われたの生活の中から出てくるもので、彼らの暮らしぶりからの写しであっても不思議ではない気がします。
虚言と打算に走れば、語るに落ちる中国、お里が知れたも同じ。もののあわれは、打算からは生まれないです。

 

|

« ひっくり返る真実 | トップページ | 道徳性の衝突 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/57483249

この記事へのトラックバック一覧です: 日常生活を下地にしてでる言葉:

« ひっくり返る真実 | トップページ | 道徳性の衝突 »