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2013年5月 9日 (木)

危険という言葉の曖昧さ

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どちらかというと、こわもての、ある高名な評論家へのインタビュー記事で、概略つぎのように言っていました。

「憲法改正の条件を過半数にするのは、危険だと思う。危険な政権が生まれることもあるし、そもそも憲法は、国民を国家権力から守るの目的。憲法改正論は、国民を縛ったり、道徳を強調する面があるのも気になる。これは危険だと思う。」

危険という言葉を3回つかっています。これを読んで、第一に思うことは、危険と決めつけることができるのか、ということ、そのあいまいさと、その危険という言葉の独善と攻撃性が見え、もっと言い方はなかったのかと思います。

そして憲法の学問上の意味は別にして、第二に、憲法は国家権力から国民を守るのが目的だ、というのは、ちょっと違うんでないだろうか、ということです。

責務は同様に求められるわけで、一方通行であるはずはなく、国家も国民も同列であって、互いに遊離しては、国の形として意味をなしません。他の国は知らず、日本においては、国民が悪でなければ、国家も悪であるはずがありません。そうであれば、国家=国家権力という結びつけは、捨てた方がいい。なぜならば、国家は国民がつくったもの、と思うからです。

 

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