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2013年6月19日 (水)

時の流れを想うとき

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遠い記憶には懐かしさがある。時代の流れの中で見てきたことが、ふと思い出されることがある。そうした過去の経験の積み重ねが現在に反映され、ものごとの源泉につながっているような気がします。昭和に唄われた童謡は、今はあまり聞かなくなりました。童謡というのは、十分に大人が聞いても心を豊かにしてくれます。

花嫁人形という歌は、色彩が鮮やかでいて、どこか哀感を帯び、謎めいています。花嫁御寮がなぜ泣くのか、有吉佐和子の小説「非色」の中に、その説明が語られています。
花嫁人形は、赤い千代紙の着物を着ているので、泣けばその千代紙がよごれたり、破れたりするので泣くに泣けないというのです。そこに、ひとりの乙女が花嫁になっていくことへの心象風景が重ねられています。ここまで来た、時の流れへの思慕の気持ちに涙する。そこに花嫁御寮は、綺麗な衣装を着て、泣きたくても泣くわけにいかない。誰にも分からないように涙せず、泣いている。ここにこそ、日本の情緒の本源である美がある。というのです。

金襴緞子の帯しめながら 花嫁御寮はなぜなくのだろ 文金島田に髪結いながら 花嫁御寮はなぜ泣くのだろ あねさんごっこの花嫁人形は 赤い鹿の子の振袖着てる 泣けば鹿の子のたもとがきれる 涙で鹿の子の赤い紅にじむ 泣くに泣かれぬ花嫁人形は 赤い鹿の子の千代紙衣装

過ぎ去った時間を、静かに振り返るとき、わけもなく清浄な気持ちになれるということは、あるだろうと思います。人の感性の内面に横たわるものとして、このように童謡といえども、ひとつの役目をもっていたと知るのであります。花嫁人形は、蕗谷虹児作 大正12年のことでした。

 

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