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2013年8月21日 (水)

押し戻せよ感情の波

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まるで、何かに憑かれて操られているのだろうか、終戦の日の野党(民主党、みんなの党、社民党、共産党、生活の党)、が出した談話は、いずれも先の戦争は過ちであり、悪いことであったという点にこり固まって、抜け出せないでいるものでした。

自分たちがしたわけでもないのに、罪悪感にさいなまれて、自己をなくしてさ迷うは、どうしたものかと思います。終戦の日は、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされています。社民党は唯一、「敗戦68年にあたって」と題したところに、その立ち位置はどこにあるのか、と疑いたくもなります。

終戦の日の意義は、反省や謝罪のためではなく、戦没者の追悼と、平和な秩序を求める、日本の役割を自覚することにある、と思います。歴史は、消し去ったり、書き換えできるものではないです。なぜなら、捏造や虚飾は脆く崩れやすいもの、そうしたことで起こる、信じるものを失う風潮の連鎖反応は、もう文明国として落伍していく道しかないからです。歴史は、あったここととして受け入れるべきものです。

あれから、遥かに半世紀がすぎ、世界の新しい秩序ができたのも、歩んだ歴史のなせる結果であり、その大きな流れの中で日本の存在は、アジアの諸地域の発展へと目ざめを誘い、その役割をはたしてきたのでした。いまや、期待される日本として、またその責任を果たすために、信じる道を歩もうとしています。歴史の中に溺れるさせようとする、そんな感情の波に押し流されるわけにはいかない、と思うのです。

 

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