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2013年10月16日 (水)

軋轢の原因は内にある

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必ずしも、健全な体に健全な精神が宿るとは限らず、それがぶつかりに合うとき、互いの苦労は尽きないものがあります。国と国の仲が、うまくいかないということは、双方の思い違いもありますが、政治や利害を越えて、人間性にかかわっている、ということもあるでしょう。端的に言ってみれば、自分の持っていないものへの、ねたましさ、というものがあるのではないかと思います。

日本は、うそや、いいかげんなところがなく、まじめ過ぎるということが分かってきた、他の国の人からみれば、それが幼稚さに映り、鼻持ちならない、何でそうなんだ、ということになるかも知れません。それぞれの思いがあって、他者を健全な精神ではない、と非難することはできないのですが、少なくとも、真善美に照らして、人の営みの源泉とするなら、そういう生き方の、ひたむきなまじめさ、というものは健全な精神に値するのではないか、そんな気がしています。

動かし難いものついて、真実を見る美しさ、そういうものをどこかへ押しやってしまって、必死になって他者に向かうように、教導されてきた感情からくる軋轢の原因は、自らの内にあるのであって、他者を攻撃するのは、間違っていると思いますね。

春待坂春秋メモリーボード

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