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2013年10月 1日 (火)

強く生きることの清しさ・・少女の物語

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戦乱における立場の逆転は、いままで見えなかった人の心の、強さと弱さを際立たせる。恐怖と危機の過酷な逆境にあって、朝鮮から脱出する少女は、爆撃に負傷しながらも、母と姉の3人ともに内地にたどり着く、その自伝物語、「竹林はるか遠く」 は、読むものに生きるということの感動と清しさを与えてくれる。

かの地で、勝者と錯覚した者たちは、暴徒と化し、卑しさに落ちる人間の、弱さをみせるが、母と子らは、数奇な運命の糸に操られながらもその体験は、人としての強さを、確かなものにしていった。経験なければ、それを知るものは誰もいない。母が肌身離さず持つ懐剣は、日本人の真っ直ぐに生きようとする気概を象徴していた。が、京都駅に身を落ち着けたものの、母は逝き、子らはそこに残された。母の遺志は、子らに立派な教育を受けさせることだった。

少女は、身なりをあらためることを得ず、鉛筆もノートにも不自由し、学校からも、上流家庭の生徒たちからも偏見の目で見られながら、強く生きていく。日々ままならぬ暮らしの中で、新年に少女の用意したささやかな一杯のお茶に、姉妹で涙しながら、新鮮な喜びを味わっている。女学校では、ぼろは着ていても成績では、負けはしなかった。

この物語は、少女、擁子の目を通して語られており、その純粋な感情表現にとどまるところが、アメリカの多くの中学校の教材に採用されている理由だろうと思う。そこには、深く心に残り、勇気づけられるものがある。背景は戦後の乱れの中にあるが、それは主題ではない。けがれのない少女の目になって読めば、冷たくも爽やかなものがいつも思い出される。

 

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