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2013年12月11日 (水)

他者を思う生き方の日本人

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世のため人のためという武士の本位は、今も日本人の心の底にある。ひそかに自分のことはどうでも、人のことを思っている、そして人が喜ぶ姿に無上の生きがいを知る。そういった古くから受け継ぎ、育まれた、自分を抑える精神文化がある。一方、アメリカは歴史は浅いけれども、自己の個性を生かすことを尊重する文化がある。韓国はどうかというと、本心はよくわからないけれども、いつも日本に責任を向けているような気がします。

イギリスの婦人イザベラ・バードは、1年近く朝鮮ですごし、人々を主な研究対象にして朝鮮紀行を著し、つぎのようにいっています。「朝鮮人は何世紀にもわたる弱い立場の産物であるとはいえ、わたしは前途を憂えてはいない。ただしつぎの条件が不可欠である」 として、「朝鮮には内部からみずからを改革する能力がないので、外部から改革されねばならない。」 そして、概略つぎのようにつづきます。

「日本がなみなみならぬ能力を発揮して編みだした要求は、簡単で自然な、行政改革の体裁を示していた。」・・「わたしは日本が徹頭徹尾、誠意をもって奮闘したと信じる。」・・「日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく、朝鮮の保護者としての、自立の保証人としての役割を果たそうとしたのだと信じる。」・・「朝鮮における日本の政策は、国民から当然のごとく自分たちのリーダーであると認められ、文明開化の道をふさぐ複雑多岐な障害をみごとに切りぬけて国を導き、世界が賞賛を禁じえない手腕を示したことも、忘れてはならない。」

 イザベラ・バードは朝鮮をこよなく愛し、研究者としてこのようにいったのでした。日本が奸智にたけることなく良識で行動することをよく見ていた貴重な証言だと思います。時代は、日清戦争が終わったころ、その7年後に日露戦争がはじまるのを予期したか、日本とロシアの対峙にたいしては、最も忍耐づよい国と、最も野心的な国、と評しています。忍耐は思慮にもとづき、野心は私欲に落ちますね。

 

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