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2014年2月26日 (水)

不平からの脱出

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生き方として、客観性をもたないものに明日はない。とはいっても、誰しも自分の信じるものほどかわいいものはないですから、そこから離れて物を見ることは、とてもむずかしいです。
韓国の朴槿恵大統領は、自分は絶対的に正しいのであって、日本がそれを認めないのが、どうしても許せない。顔みるのもいやだ、という意思表示をつらぬいています。

しかし、国民の生活をあずかって、かつその範となる身にとって、他国を無視して罵倒するだけでは、なにも益するものはなく、進歩もないでありましょう。まして、彼女が持つ一方的な主張を認めよと、それで押し通すのであれば、双方に出口は、始めからないのです。そういう相互理解の道も正当性さえも失って、しかも結果を予測しない猪突猛進は、決して道がひらけるはずなく、負のスパイラルに落ち込むしかないと思うのです。不平家は、自信の無さによって、不都合を他人のせいにします。

そこから新しい一歩を踏み出すには、自らの不浄を捨て、清浄心に脱しようとする、自発性が必要と思うですが、彼女には望むべくもない。国の安定は人心の安定であって、それを成すには、まず経済力しかないと思います。そのことを知らなければ救いようがないです。ために、為政者たるものは怨望家であってはならないです。

朴槿恵大統領のいう被害者意識は千年たっても捨てないという、彼女個人のとてつもない執念深さは、狂気を思います。それは客観性を失って、事実歪曲の盲信による誤解からくるもので、自らの病の自覚もなく、それをいやす術も知らない、そいう指導者の痛ましいような国の姿を思うのでした。

 

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