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2014年3月

2014年3月26日 (水)

負のスパイラルの回避

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ひとつのことが他に影響し、同じようなことが広がっていく。人はどうせ、あくせく働くのが精一杯、つぎのことをじっくりと考える余裕などないから、人のいく方について行くほうが楽です。そういう、よくも悪くも否応も無く、相互に影響をうける連鎖反応の輪の中で暮らしているのが現実です。ひとは連鎖反応の輪の外に置かれれば、生きていく希望を失うのは見えています。

安倍首相は、笑っていいとも、に出演して、「私がマイナス思考になると日本全体にも影響する可能性がある」と述べています。悲観的な考えを表にださないようにつとめているのでしょうか。それは悪い見本を見ている反発心からでしょうか。朴槿恵大統領はことあるごとに、日本にとっては定かでない、元の位置にもどって謝れと、口にこそ出さないが賠償しろ、といっているのが明白です。まるでそれしか知らないように、繰り返すのです。

それはそれで、韓国の人心が納得し、高揚しているのかも知れませんが、そういう自らが招いた道を、他者のせいにするネガティブで、偏重した思考や態度は、やがてマイナスの方向に作用すると思います。韓国の友好国はどこか、考えた方がいい。ものごとが安定するための条件は、その作用と反作用が同じであることが必要で、それが打ち消しあっての安定であるはずです。韓国では、反作用というものが出にくいということは、その激情の風土が、冷静さ飲み込んでいるのではないか、と思うのです。

 

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2014年3月19日 (水)

建設か搾取か、真実か虚妄か

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建設か搾取か、そこには大きな違いがあります。新しい建設が始まれば、だれしも夢がふくらみ期待が高まります。搾取に合えば、明日の望みさえ叶わないです。かつての列強の植民地支配は、いずれも建設という言葉には無縁、支配されるものに労働の成果は、あまり報われませんでした。日本はアジアの開放の手助けをし、韓国と台湾においては、建設の基礎をつくった、というのは同感できます。いずれも早くから議会制民主主義を知ることなり、その移行ができたからです。
イギリス人のヘンリー・スコット・ストークスさんは、「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」という書に中で、つぎのようにいってます。

日本は韓国を近代化するために、膨大な労力と費用を投入した。日本の努力はたいへんなものだった。義務教育、大学教育、医療、警察制度、軍隊まで、今日の韓国社会の基礎をつくった。イギリスの植民地支配と異なって、日本は自国の持ち出しで、韓国を建設するために投資をした。イギリス統治では、植民地の人々に対する教育は否定され、まったく行われなかった。日本は台湾と朝鮮に、それぞれ帝国大学をつくった。いまでも、台湾、韓国では、帝国大学の延長である台湾大学とソウル大学が、最高教育機関となっている。

過酷な植民地支配どころか、建設に力を注いだのでした。そして、つぎのようにもいっているのです。

大東亜戦争は、日本の自衛のための戦いだった。それは戦後、マッカーサーがアメリカに戻って、議会で証言した「マッカーサー証言」によって明らかだ。東京裁判は裁判の名にも値しない、無法の復讐劇だった。「南京大虐殺」にしても、信用できる証言は何一つとしてなく、そればかりか、中国が外国人記者や企業人を使って世界に発信した、謀略宣伝であることが明らかになっている。「慰安婦問題」については、論ずるにも値しない。

この本を読んで意を強くしたのでした。その一方、「転換期の日本へ」という本、ジョン・W・ダワー、ガバン・マコーマック共著、NHK出版、これはもう、おどろき、これは虚妄というしかない、偏見にみちた書でした。いずれが正しいか歴史がきめてくれるでしょうが、人はさまざまに多様な考えは認めるものの、それぞれに身の置きどころの難しさを思うのでした。

 

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2014年3月12日 (水)

未熟な独善

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どれほど高い理想であっても、現実から遊離したものを見る目ほど、世界の平和にとって有害なものはないと思います。原発の輸出に反対、という日本維新の会は、生きていく根幹であるエネルギーの重要性とその現実を見ることができず、警戒心と恐怖心との連鎖反応の中で、未熟な独善に落ちている。狭い視野の独善を押し通すことは、たとえ善意であっても、それ自体有用性は少なく、むしろ有害でさえあります。

マレーシア機のミステリーのように、いつ何が起こるとも知れず、ひとたび、有限の石油という戦略物資をめぐる争いが起こって、その渦中に巻き込まれれば、このままでは、日本はひとたまりもないです。いまや、生命線である物流手段は、石油に頼るしかなく、石油の確保は最重要であって、水を流すように火力発電で燃やしつづけていいはずはないです。世界が原発をとりいれる中で、中国や韓国製の原発が出まわるようになれば、そこには、ものづくりの精緻な精神と誠意は見えず、とてもこころもとないです。震度9に耐える日本製の原発を送り出すことは、技術立国に課せられた責務とも役割ともいえます。それを世界が期待している。と思います。

 

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2014年3月 5日 (水)

まっすぐな道を

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曲がったことは嫌い、という日本人の矜持は、世俗の荒波の中で時とともに消滅していくのだろうか。犬がしっぽを立ててあるく姿はさわやか、人もまた、背筋をぴんとのばしていたいもの。いつの時代も、まっすぐに正しい道を行けば、何もおそれるものはないはず。

しかしながら、世は誤解も多い。あらぬ疑いで責められることもある。その剣幕におされ、あらそいを好まず、協調の習性があだとなり、譲歩の合意に落ちて、曲がった道に誘い込まれたが運のつき。それからのち、光さす出口はどこに、と迷い道をあてどなくさ迷うばかり。

けれども、悪事はかならずや露見する世のならい、間違ったことは、いずれ正される運命。悪巧みのモニュメントは、哀れな姿となり果てるだろうか。それにしても半世紀以上の時が流れて、なお、その時代に引き戻そうとして躍起になっている姿は、荒涼として暗い。いまや、前途に少しの光明見えつつあるも、その光をかき乱すように、あげつらって何になる、という人のあり、それは、われらの曲がったことはせず正しい道を歩む精神の消滅を思わせる。

なまってねじ曲がったハガネは、打ち直して真っすぐにせねば役には立たず。事を荒立てるなと、いたずらに人をあやすばかりは、かえって世の為、人の為ならず、余分なものは寒水の流れに晒さずして、光を放ち始める日は遠のくばかり。

 

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