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2014年3月 5日 (水)

まっすぐな道を

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曲がったことは嫌い、という日本人の矜持は、世俗の荒波の中で時とともに消滅していくのだろうか。犬がしっぽを立ててあるく姿はさわやか、人もまた、背筋をぴんとのばしていたいもの。いつの時代も、まっすぐに正しい道を行けば、何もおそれるものはないはず。

しかしながら、世は誤解も多い。あらぬ疑いで責められることもある。その剣幕におされ、あらそいを好まず、協調の習性があだとなり、譲歩の合意に落ちて、曲がった道に誘い込まれたが運のつき。それからのち、光さす出口はどこに、と迷い道をあてどなくさ迷うばかり。

けれども、悪事はかならずや露見する世のならい、間違ったことは、いずれ正される運命。悪巧みのモニュメントは、哀れな姿となり果てるだろうか。それにしても半世紀以上の時が流れて、なお、その時代に引き戻そうとして躍起になっている姿は、荒涼として暗い。いまや、前途に少しの光明見えつつあるも、その光をかき乱すように、あげつらって何になる、という人のあり、それは、われらの曲がったことはせず正しい道を歩む精神の消滅を思わせる。

なまってねじ曲がったハガネは、打ち直して真っすぐにせねば役には立たず。事を荒立てるなと、いたずらに人をあやすばかりは、かえって世の為、人の為ならず、余分なものは寒水の流れに晒さずして、光を放ち始める日は遠のくばかり。

 

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