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2014年3月19日 (水)

建設か搾取か、真実か虚妄か

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建設か搾取か、そこには大きな違いがあります。新しい建設が始まれば、だれしも夢がふくらみ期待が高まります。搾取に合えば、明日の望みさえ叶わないです。かつての列強の植民地支配は、いずれも建設という言葉には無縁、支配されるものに労働の成果は、あまり報われませんでした。日本はアジアの開放の手助けをし、韓国と台湾においては、建設の基礎をつくった、というのは同感できます。いずれも早くから議会制民主主義を知ることなり、その移行ができたからです。
イギリス人のヘンリー・スコット・ストークスさんは、「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」という書に中で、つぎのようにいってます。

日本は韓国を近代化するために、膨大な労力と費用を投入した。日本の努力はたいへんなものだった。義務教育、大学教育、医療、警察制度、軍隊まで、今日の韓国社会の基礎をつくった。イギリスの植民地支配と異なって、日本は自国の持ち出しで、韓国を建設するために投資をした。イギリス統治では、植民地の人々に対する教育は否定され、まったく行われなかった。日本は台湾と朝鮮に、それぞれ帝国大学をつくった。いまでも、台湾、韓国では、帝国大学の延長である台湾大学とソウル大学が、最高教育機関となっている。

過酷な植民地支配どころか、建設に力を注いだのでした。そして、つぎのようにもいっているのです。

大東亜戦争は、日本の自衛のための戦いだった。それは戦後、マッカーサーがアメリカに戻って、議会で証言した「マッカーサー証言」によって明らかだ。東京裁判は裁判の名にも値しない、無法の復讐劇だった。「南京大虐殺」にしても、信用できる証言は何一つとしてなく、そればかりか、中国が外国人記者や企業人を使って世界に発信した、謀略宣伝であることが明らかになっている。「慰安婦問題」については、論ずるにも値しない。

この本を読んで意を強くしたのでした。その一方、「転換期の日本へ」という本、ジョン・W・ダワー、ガバン・マコーマック共著、NHK出版、これはもう、おどろき、これは虚妄というしかない、偏見にみちた書でした。いずれが正しいか歴史がきめてくれるでしょうが、人はさまざまに多様な考えは認めるものの、それぞれに身の置きどころの難しさを思うのでした。

 

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