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2014年4月

2014年4月30日 (水)

投げた言葉のゆく末

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広い海にいだかれて、青い山脈の連なる大地、そこから湧き出す水源に恵まれた日本があります。人々は自然の恩恵をうけて、それを敬い生きてきました。四季の変化は、歳時記を生み、はるかなる暮らしの中で精神的、人間的な生き方を育んできたのです。

そういう精神風土は、他のアジア諸国とは違った素質を生むことになりました。やはり、隠忍自重にして、広い許容をもつ日本に生まれてよかったと思います。諸外国との軋轢は、それぞれの情念と利害がからんで、日本にふりかかってきますが、正すべきもの、正していきたい。いわれのないものには、ゆずれない一線があります。

このようにのべると、国粋主義的と言われるのかも知れません。しかし、政治に限ってみれば、そこはあくまでも日本の立場に立たずして、国会議員の資格はないと思います。国を軽んじて全体の博愛にのみ向かうなら、夢想であり欺瞞の疑いがあります。

結いの党は、「国粋主義的な政党とは相入れない」、とのべたようですが、一方的に決めつけています。言葉に一種の蔑称をただよわせて対立するものを排外する姿勢は、では一体、結いはどこに行こうとしているのか、その目的を不鮮明にしているように思います。

 

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2014年4月23日 (水)

創造という才能の光

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 予期せぬ驚きは反抗心に変わるのか、それとも出る杭は打たれるのたとえ、とかく才能あるものは、こらしめを受ける運命にあるのか。もう3ヶ月となろうとするSTAP細胞の有無をめぐるメディアの騒がしさは、彼らの職業病といってまえばそれまでですが、どこかおかしい気がします。

世論は私刑であり、私刑はまた常に娯楽である。と鋭く指摘したのは芥川龍之介でした。その言葉の世の戒めにもかかわず、それと気づかない現実があります。日本人の一面として、何ごとも局所的な見かたで、形式や末梢に気を奪われ過ぎるきらいは、本質を見失って迷走することになりかねません。メディアの根っからの強いものへの反抗心が、方向を見失ってそうさせるのか、営利主義に走り、つねにゴシップを追うものには、おそらく創造は生まれない。

しかし、ひたむきに青春を追うものは、創造という才能の光を放つのです。余人にはできない才能というものに重きをおくなら、その秀でた感性というものは、他には代えがたい、われらが享受できるもろもろの所産の源泉であれば、有無をいわせぬものがあるはず。ならば、踏みつけるより育てるのが筋というもの。

人間は考える葦であるなら、人の生きる条件としての青春は、なにびとも奪う権利はないのです。それを奪うかのようなメディアの責任は重い。だれも責任を負うものはいない。けれども思わぬ挫折が、新たな飛躍の力となることも確かです。

 

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2014年4月16日 (水)

独善に落ちる人たち

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 ノーベル平和賞はいい加減な賞だ。と見破ったのは、ヘンリー・S・ストークスさんでした。そういえば、そういう気もします。いままでの業績というよりは、成るか成らぬか分からないままに、やってくれるだろうことに期待を込めて、平和賞に決めたようにも見えるからです。ただ、栄誉をたたえるにとどまらず、未来への予測にたった、政治的な匂いがします。その授与は、本人のみならず、世界の情勢を巻き込んで、平和という名の、人々への思想の押しつけという感じもします。

平和賞が道具として使われた、という物議もありました。佐藤栄作にしても金大中にしても、なんでという思いがつよい.。つまり、賞に値する結果が見えてこないのです。平和を志向すれば、平和がくるというものでもない。われらに平和が身にしみて、友好と善意をもってしても、悪意で返すものもいるのです。日本が弱体したと見てとった中韓は、反日をあらわにしてはばかりません。病的に、そして執拗に、日本の平和を害することに、ひた走るという現実があるのです。

平和賞のオバマ大統領が弱体したと見たのか、増長するシナの圧力は、抑えることを知らない。そうして見ると、平和は力があってこそ保たれる、ということに気がつくのです。中韓は前近代の思考から抜け出せないでいる。そういう学習能力のない、時代おくれの幼稚性には、弱みを見せてはいけない。そういう意味において、日本の憲法は、世界に誇りえるものとは思えないです。

自衛とは、自他ともに邪悪を排し、自らがゆくべき正しい道を、断固として守ること他ならないと思います。それは世界的に普遍的な価値として、認められているのです。そのことを、見ずして、都合よく平和憲法とのみ自賛して、それを押し立てるのは、みるべきものを見失った憐れむべき独善の、市民感覚でしかないと思うのです。

 

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2014年4月 9日 (水)

ゆがんだ物差しの限界

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物差しを無理に曲げて、これが正しいと、それで押し通そうとするものもありますが、普通の物差しは真っ直ぐなものです。それぞれに、自分のもっている物差しが、正しいものだと信じる力は強いです。しかし、定規で、重さを計れないように、そして、哲学が永遠の思索の宿命であるように、なんにでも当てはまるような、これが正しいという、物差しはないのです。

まして、それぞれの国の行動に対して、他国が良し悪しを判断するのは、難しいです。お互いに、見ているものが違えば、言い分もあり、秘した大義もあるからです。それにやっかいな、それぞれの思惑というものもあります。南極での日本の捕鯨はだめだ、という国際司法裁判所の判決がありました。裁判官16人中、12対4で採決されたようです。

もちろん、12人が正しくて、4人が間違っている、というわけでもないでしょう。多数決という、明暗をともなう妥協の産物でありましょう。そうであるなら、なにも国際司法にもちこまなくても、話し合いによる解決方法もあったのではないか、と思います。そういう意味で、司法へ提訴する人たちにしても、また採決を出す人たちにしても、結論を強要するわけで、適否あるいは限界があるような気がします。

しかしながら、ひとつの結論を得たということは、進歩の段階をための手段として、正しいものだったと信じたいです。敗者しか味わえない、何か得るものがあったような気もします。

 

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2014年4月 2日 (水)

日本への慈愛にみちた人

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人はさっぱりした気立てのひとに惹かれる。それは、桜の花に通じるものがあります。ほかの花には見られない、その美しさのきわみは、大胆でしかも千変万化の散り様にあります。花のさかりを、惜しげもなく風にさそわれて散るさまは、まるでそのときを待っていたかのように、自らの意思で、迷いもなく、一斉に枝から離れ空に舞うのです。爽快そのものです。そして、不意に目の前をひらりとすり抜けていく。未練を残さない思い切りのよさが、さわやかさを誘います。

シドモアは米国領事の妹、はじめて横浜に上陸したのは、明治17年、27歳でした。以来、20年にわたる研究の成果として「シドモア日本紀行」を著しました。日本の心と桜に魅せられ、向島で見た桜が、やがてポトマックの桜への思いへつながったのでした。

シドモアは、日本の人情、風俗をよく理解し、著書、新聞、雑誌等により英米に紹介しました。日本が外交における政策の矢面にたたされた時は、社交上の相当の地位をもって、率先してその弁護の労を惜しみませんでした。その功労に対し、勲六等宝冠章を贈られました。シドモアは、72歳でスイスの自邸で生涯をとじました。いまは横浜の外人墓地に眠っています。その傍らには、ワシントンから里帰りした桜が植えられています。その名は、シドモア桜です。

 

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