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2014年5月23日 (金)

間違いを正す期待

140521b

いずれにしても、好悪の激しさは無知を生み、無知は無理解にいたる。自社理念を繰り広げる新聞の論調は、世論の誘導をもくろんで大仰な見出しで世に訴えます。集団的自衛権について、おそらく他の国では、問題にならないと思いますが、大方の新聞は、飛躍と偏見にまみれてみぐるしいです。大変なことをやろうとしている、とマイナスイメージの焼付けに躍起になっているからです。あまりに繰返し強調しすぎると、信憑性はうすれ、かえってマイナスに作用する気がします。自省のきかない自意識過剰な紙面は、読む人をして、一時的には、そうかと思うにしろ、やがて時間を経て何かが違うと思いはじめ、より安定なものへと思考がいくだろうと思います。

日本のみならず世界の、安定を希求することが平和の本旨であるならば、大事なことは、国際感覚として間違った動きは許してはならず、その間違いを正すことが、責任ある立場というものであり、世の期待というものでありましょう。日本だけがその責任を免れることはないでありましょう。そういう意味で、日本が危難に巻き込まれる、というのは、ひとりよがりの責任回避と期待の背信とも言えると思います。

有識者の懇談会が報告書の中でいっているように、憲法は、無防備、無抵抗を定めてはいませんから、自衛によって使命達成のために、自らのアイデンティティーを失ってならないのは、当然でありましょう。報告書はつぎのように言っています。外界の変化に合わせて、自己変容をしなければならなし、大きな変化にかかわらず、その憲法論のもとに安全保障面が硬直するようでは、安全が害されかねない。と、つまり、旧来の憲法論は、現状に即していないと思うのであります。

 

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