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2014年6月 4日 (水)

虚言と策略の反社会性

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 でてくる言葉とは裏腹に、言行不一致が露呈する。中華思想という言葉の通り、自己中心的な考えがしみ込んだものは、外から言われて、反射的に自らの行動の非を自覚すればこそ、いつもそのことそのままを、相手にぶっつけ責任の転嫁によって正当化しようとします。その策略が見え透いている限り、功を奏することはないでありましょう。

ベトナム船が中国に体当たりされて破損、沈没させられた船もある中で、「中国はいかなる国に対しても、武力で威嚇したことは一度もない」、と平然というに至っては、反社会性障害の虚言癖、ここに極まれりというものです。中越戦争を忘れ、日本の護衛艦にレーダー照射、ロックオンしたのも、いまもミサイル機で近づき威嚇したのも忘れたか。

中国は、「南シナ海の南沙、西沙諸島は、2千年以上前に中国が発見し、管轄下に置いた」という。いつも歴史という常套句をつかって、ごまかそうとする。領土をかすめ取ろうとする。2千年という永さは、万里の波濤にさえぎられているを見れば、まったく、無意味という歴史の永さであり、栄枯盛衰により国破れその断続は、一国として定まることならず、航海術も未発達にして遥か洋上に悠久にして継続して統治がおよぶはずもないです。

つくられた歴史は彼らの中に生きこそすれ、世界を納得させることはできはしないでありましょう。中国のやり方は、いまに至ってことの善悪の判断はなく、虚言と策略をもってしても、勝てばそれでよいとする。日本はどうか。真っすぐであろうとするから、いかにごまかすか、ということは思いもしない、思想的に対極にあると思います。

 

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