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2014年6月18日 (水)

自らをあざむく不条理

140618b

 何におびえているのか、感情か理性か、つき動かしているものは、外への怖じけなのか、それとも内への不信のゆえか、それは、確かなものとあるゆるものへの自由さがあってのことか、つまり好悪を別にして筋が通っているのか、このかたくなさの不可思議は、打たれ弱いこの国、この浮世の人間のさがといってしまえば、それまでのこと、何も思いつめるまでのこともないが、しかしながら、われらひっくるめて野蛮となるかのような、言論のあおるは、結局、自己否定も同様の押し売りであって、そもそもそのようなことを招くというのは、国民に帰するのであって、その国民への不信をもって異議をいうは、自らの立ち位置はどこにあるのか、はなはだ釈然とするを得ない。もっとあっさりとできないものか、それもこれも、過去のしがらみ、呪縛の解けないためならば、良くも悪くも過ぎ去ったことは問わない大らかさは、何ものにも代えがたい信頼を手にする万国共通の矜持ではなかったのか、もっと節度をもってあっさりとできないものか、と思うのです。

 

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