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2014年7月11日 (金)

器が大きいわけ

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 法の支配は何するものぞと、暴力と威嚇で現状を変えようとするものがありますが、正当性のない力のごり押しは、文明社会の秩序の破壊であります。よく知られた言葉に、タフでなければ生きていけない。やさしさがなければ生きていく資格はない。というのがありますね。彼らには、このやさしさというものが徹底的に欠けていると思います。というよりは、やさしさはひ弱ということで蔑視の目でみている。やさしさでは生きていけない、そういう未熟で小さな社会に生きている。
けれども、強くてやさしいということは、日本のちょっと古い言葉でいえば、正義の味方であります。つまり、いま文明社会の一員として必要なことは、私欲がなく、こだわりがない、器が大きい、ということでしょうか。しかも思慮があるということでしょう。考えてみれば、お人よしの傾向がある、日本人の生き方に当てはまる気がします。何がそうさせたかといえば、圧政はなく、のびのびとした気風と、人々の調和と秩序を重んじる風がこの国に吹いていたのであります。洋の東西を問わずあらゆるものに、一理あることを認め、曖昧のものさえ、何かの真理を含むものとして受け入れる広い心、やさしさをもっているのでした。そして一人ひとりが、武士や商人の生き方の中に、責任という心の持ち方を大事に受けついできたのであります。ゆえに、いつも自ずと行動を起こすに慎重なのであります。
哀しみや、言い分はいくらでもあるんですよ、でも言えばぐちになる、ということを知っているから、言わないだけなのです。それに照らしてみれば、海の向こうで、なりふり構わず力を振りまわすものは、器がとても小さいと思うのであります。

 

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