« 昔、文化の香り高い国があった | トップページ | 過剰と欠如がまねくもの »

2014年9月22日 (月)

不確かな未来の予測

140922a

 成熟は時間を必要とし、さまざまな道をたどりながら、人それぞれに個性と経験によって、生き方や信念が定まり成熟してきた、という自覚にいたる。しかしながら、それは錯覚かもしれない。未知は深遠にして、人間は生涯、未熟のままということもありえる。

多数決で事を決めるのは、一見、合理的にみえて、所詮、平均値を出したに過ぎず、成熟した知性の持ち主の最良の方法を選んだわけではない。人間、間違いや思い違いを避けることはできず、各人がもっている判断材料もまちまちになる。多数決の論理で、それらをおしなべて同等に扱う以上、その結果は、最善の策とは保障されない。一人ひとりが可能性の是非を無視して、理想を描いていたとしても、現実は厳しいものがある。

スコットランドで、イギリスからの独立の住民投票の結果が否決されたことを受けて、日本の一部のマスコミが、住民投票というものが、選挙というものを補完して、よりよい社会になると信じる、と住民投票という方法に、期待を抱くものもあるけれど、その多数決による答えが正当で、かつ最善であるという根拠を見出すことは難しい。

ましてや、現状からの方向転換を図るに、不確かな未来の予測はむずかしく、考えるほどに、結論は遠のくことを思えば、市民の声を政治に届けるのだといっても、住民投票というもの、否応なく、吉凶いずれかに道をきめてしまう、博打をするに等しい気がします。

 

|

« 昔、文化の香り高い国があった | トップページ | 過剰と欠如がまねくもの »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/60356277

この記事へのトラックバック一覧です: 不確かな未来の予測:

« 昔、文化の香り高い国があった | トップページ | 過剰と欠如がまねくもの »