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2014年10月 6日 (月)

肯定的な日本人

141007b

 ありのままを受け入れることは、人の生気を養う。たとえ、無常な世の不条理に会おうとも、ありのままは、そこに実現したのであり、不都合であっても虚像ではない。ものごと、肯定的に捉えれば先が見えてくる。普遍的な世界に行きつくためには、苦悩のすえに、現実を肯定していくしかない。

「永遠の知性から永遠の肯定をもつ、日本人の考え方それ自体が、非常に肯定的である」、この言葉は、先ごろ来日された台湾の李登輝元総統が、記者会見でのべられたものです。永遠を、生々流転に、置きかえればなるほどそうか、と思うのであります。記者会見での李登輝元総統の言葉は、概略、つぎのようなものでした。


 ・・・台湾総督府、児玉源太郎の民生長官をやった後藤新平、これが結局なにをやったかというと、台湾の一世紀ちがうような社会を作り上げた。産業発展にとても尽力してくれた。この人は非常に偉大なところがあって、1898年、総督府に来とった1080人の日本人の役人を首にした。日本に追い返した。その代わりにね、結局、1080人の人間に代わるそれだけの人材をね、日本から呼び寄せて、その人材の中には、みなさんもご存じと思うけれど、新渡戸稲造とか、非常に有名な方々が沢山きていました。

新渡戸稲造はそのとき、有名な工業改良意見書を書いた。わたし、農業改良の専門家だけど、あれをいまから見てもね、すばらしいなあ、あれだけの改良意見書を書ける人というのはね、もう新渡戸稲造だけあって、よく書いておりますよ。そして、児玉源太郎総統はね、それを見てからすぐ、工業局を設立して、彼に工業局長として、活躍してもらうことにした。彼がいっしょうけんめいやってね、台湾における工業の問題は、農業問題から解決すると同時に工業面における製造の問題、砂糖の製造の問題、それをやりまして、こういうような優秀な人間を、非常にたくさんもってきた。

永遠の知性から永遠の肯定をもつ、すべては肯定たる性格、これは私がかつて新渡戸稲造先生から習ったところの武士道の精神、ま、これが、日本人の特長ですよ。すべてがこれに依存している。考え方それ自体が、非常に肯定的であるということ。ま、こういう様なことが私自身からみてもね、若い時にはこういうような教育、そういうやりかたで、自然に得たものが大きかった。だから、あえて言えば、結局、日本というのは何かということはね、東日本の大震災、人々が見せた態度、秩序をまもるために、社会の秩序をよく保ち、がまんしながら、その厳しい状態の中から、いかにして、解決されるか、待っているその気持ちは、国際的にみてもね、中々ない。

精神力、わたし名づけて日本精神、こういうところが日本にはまだ日本人の良いのがよく残っている。それが教育によって、ある程度、曲げられてしまっている、最近それを復活しなければならないという気持ちが強くなって、私ひじょうに、うれしいなと思っています。

・・・みなさんね、お願いしたいことは、台湾は中国の一部であるというような考え方はやめてください。それがわたしが、日本と台湾の関係が非常に密接であればあるほど、お願いするところは、ここなんですよ。ありがとうございました。(2014.9.19 大阪)抜粋

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