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2014年12月15日 (月)

たたきながらの友好

141215b

 前提条件が間違っていれば、結論もやはり間違っている。大まじめにして、そこにあらわれる行動は、茶番でしかない。歴史にのこる激戦もなく、うらみもなく、戦う戦士のいないところで無意味な、30万人の殺害が、ありえるはずがない。追悼の真は行き場もなく宙に散るばかり。

30万人という途方もない数字をもち出す裏は、白髪三丈のよき時代の遊び心か、あるいは誇大宣伝の流れが今に生きているのかも知れないが、現代には通じない時代おくれというしかない。事件は、ご都合主義に落ちるプロパガンダであることが明かされている。一体に、主張の強さというものは、信頼に足るかどうかに、反比例する。内なる体制維持のためとは言え、荒唐無稽を利用するその国の特異性は、かならずや時代の流れのなかで、その30万人説は、自ら破綻する日が訪れる。

かれの、歴史を変えることはできない、という言葉には、自らその禁を破る矛盾を自覚できない、哀れさがでている。そしてまたも繰り返される、少数の軍国主義者のせいであって、日本国民に罪はない、というに至っては、その前提条件を正当化しようとする卑劣さが見える。それは軍部が悪かった、という意識を日本人に植え付けて、いつまでも贖罪意識をもたせることを狙ったものであることはいうまでもない。

内外の一部のメディアもそれ同調するが、歴史の断片しか見ようとしないというしかない。うそをもって事実と称して勝利を得たとしても、何の痛みも感じないのであれば、じつにクレージーだ。

 

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