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2014年12月 1日 (月)

軟らかさと固さの対決

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 自虐論の非合理は、人の自由を奪うことにある。出口のない道をいくがごとく、いつとも知れず、明るい光の中に解き放たれることもない。しかし、これは自己の問題であって、何ものかに強要されるものではなく、気の持ち方で解決できます。つまり、頭をやわらかくして視野をひろくしてみれば、問題は多様にうかび上がってくる。その中からいともたやすく、これが結論、などというものはないのだと知れる。

そうして見れば、もはや思い悩むのはやめた方がよいです。その多様ということの広がりは、どれひとつ取ってみても、それぞれ違う変化の可能性をもっている。だから、これひとつ、というわけにはいかない。良識をもって広くこれにあたるしかない。そこに、見えない先の結果をだすことの難しさがある。

一方、その結果に対する批判は、たやすい。的が見えているから、狙えばよい。失敗だ、暴走だ、といかようにも自分のもてる判断基準で、批判するがよい。でも、そこに頭の軟らかさの程度が表れてくる。

アベノミクス反対、集団的自衛権も反対だ、というのは民主、共産、生活、社民の4党、そこに明るい出口はあるのだろうか。非合理でないことを望むばかりです。それは、余るものと足りないものを合わせもつわれらの、多様の中のひとつ、というバランスの妙でもありましょうか。

 

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