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2015年1月13日 (火)

不条理なり

150112b

 他国から干渉されるものではない。正しいと信じるのであればそれはそれでよい。知識を身につけ健全な思考へ導くのが、明日を担う教育の目的として実践するなら、それは国の存在そのものを表しているともいえると思います。だからその国の教育方針は尊重されるべきです。誰だって自国の教育まで、他国から批判されたのでは、たまりませんからね。

しかしながら、訳あって他国を貶めようとする教育がなされているということが分かって唖然とします。米国の教科書に、「日本軍は14~20歳の約20万人の女性を慰安所で働かせるために強制的に徴用し、慰安婦になることを強要した」「逃げようとして殺害された慰安婦もいた」などと、ありもしないことを、あったかのように記述されていることが分かったのです。

これは同盟国の日本として黙っているわけにはいかないでしょう。外務省は事実ではないと、出版社に訂正要請をした、ということです。教科書への記載内容か具体的であることから、単純なミスではなく、意志をもって記載されたのは明白です。つまり、出版者が必要な事柄として、独自の主観に立って記載していると見るしかありません。

記載内容そのものの真偽は別にして、教科書に載せるということは、小さなことを大きく見せようとする作為がみえます。なぜなら、広島、長崎のことはいうにおよばず、東京大空襲は100回以上行われた。焼夷弾の雨を降らせて火の海としたのでした。その効率的に無差別に市民の殺戮を繰り替えしたことの比ではないからです。火炎の中に倒れた人を見よ。まれにみる非人道的な惨禍をもたらしたのは事実なのでした。そのことを忘れて、出版社は筋道を通さない理不尽というしかないです。

慰安婦のことで言えば、「正論」2月号につぎのような一文がありました。
・・「隊長さん何言うか。私たち手伝いするよ。兵隊さんたくさんけかしてるのよ。商売休むよ。朝鮮日本同じ天皇陛下よ」・・
と。これは多くのことを語っています。思えば涙さえさそうのでした。

 

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