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2015年1月 4日 (日)

素朴な常識への風あたり

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 風はさわさわ時にはざわざわと吹くのでありますが、世の中も同じようにさわさわ、ざわざわと色んなことが繰り返されます。まあ気分はさらさらと流れのままにありたいと思います。どんなに抗っても後戻りはできるはずもないですが、行きたいところに行けることは、自由という発想に立つ上で大切なことです。安らぎと感謝を込めてこの国の好きなところに行くことは、だれにも非難する権利はないはずです。

それなのに、実りのない友好をたてに、それぞれの騒がしさは、暴走とか、歴史への逆行は許さないとか、あるいは人権をないがしろにした本質は変わらないとか、あまりにも短絡的に思えるのです。何ごとも善悪に分けることの難しさがあるものを、いろいろと押し戻そうとする風が吹いて、少し息苦しくもあります。寛容と偏見の無さ、つまり度量をもつものは、元より攻めることを好みませんが、その一方で、何かにつけて敵意をあらわにするものが内にあって、それは結局のところ、その限られた環境に置かれた人たちの、その中で芽生えた心因の影響によるものかも知れません。

誰しも思いのままにしたいという欲望には勝てないのでしょうか、ある程度、理性より欲望が優先するのは、しかたがないとしても、少なくともこの国に生きて良かったという思いは持ちたいものです。

いまこの国の悩みは、勇気をもって真っ直ぐに歩こうとしているときに、後ろから石を投げてやっつけようとするものが絶えないので、もう満身創痍、遅々として前にすすめません。それは先入観を捨てることの難しさでもありましょうか。それも度が過ぎると、それこそ、偏見と差別にも値するのではないかと思います。ふつうの人が何となくもっている常識と、一部の人がもっている非常識との摩擦は、第三者の利することのないように望むばかりです。

 

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