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2015年3月26日 (木)

時流に盲目な人生

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 意表をつく会話がつぎからつぎへと出てくる展開は、痛快そのもの、見ていて飽きない。先日みたドラマ、”デート~恋とはどんなものかしら~” は、なにごとも自己の信じる定見にあてはめて行動する女と、古色蒼然とした書物の山の中でくらす高等遊民を自称する男。理念が一致するというふたりは、いたってまじめそのもののつもり。ふたりが引き起こす騒動は、並みに外れて、見ていて、ただ唖然とするばかり。

理念という言葉の高尚にして、その実、何をいっているのか分からないおかしさで周囲を煙りに巻く。そのふたりが、軽蔑すべき恋というものを体験してみたいという努力は、計画的、論理的にいくはずもなく、まるで異次元のできごとのように噛み合わず挫折に終わる。

ドラマは、主役ふたりの熱演もさることながら、とりまく周囲は、彼と彼女を愛しながらも、ついて行けない、と言わずながらに、胸のうちがにじむ脇役陣の演技が光る。結局ふたりは、あやしげな、自己のあるべき姿の上に立って、こり固まってしまったその行動様式から抜け出すことができない。周囲と遊離している原因に気づき得ない。皆は、あきれてもの言えず立ち去る。

残されたふたりは、思い通りに行かない欲求不満に、りんごのやけ食いで涙する。コミカルな成り行きで、それなりにおもしろいのは、ドラマの上のこと。何が、ふたりをそのような人生観に育て上げたかは、一考を要するけれども、時流に盲目、固定観念にとらわれ易い世相への痛打を暗示して、現実への警鐘をならしている気もするのでした。

 

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