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2015年4月23日 (木)

信じるものが見えない空気

150423b

 信頼できそうな雰囲気は、ほぼ期待を裏切らないです。高圧的な雰囲気では、元より期待するものがないです。よい雰囲気というものは、その振る舞いもさることながら、言葉にだして言わないことで、醸成される面もあるでしょう。

つまり、ものごとにこだわりなく、さっぱりとしたものは、恨みつらみというものがない。その分、上下のへだてなく、広い景色が見えている。あれこれと言う必要もない。他に求めるよりも、自らの力で生きることに精一杯がんばろうという思いが、みるものに伝わり、それとなく好ましい雰囲気を生むこともあるでしょう。強弁しないところに、偽りがない誠実さが表れると思います。

一方、人民は海や空よりも広い度量がある。という演説がありました。平和的発展を堅持し、調和社会のために努力を惜しまない。と言う、言葉は立派ですが、その一方で、戦争できる状態にせよ、戦えば必ず勝利せよ、と檄を発している。まったく逆の極端を言って平然としている。あ然とするばかりです。他国から攻撃される状況にないにも関わらずです。

それは何を意味するのか、挑発か威嚇か、ただの士気の高揚とも思えません。社会の調和に反していることは確かでありましょう。自由自在に、でまかせをあやつる空気が充満して不透明であります。そこに、信じるものがない以上、先のことは分からないのであります。論理の組み立てようがない、その雰囲気というものには、投資するだけの期待の持ちようがない。と思うのであります。

 

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