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2015年4月14日 (火)

美への憧れを失った者たち

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 道をきわめることは、美しさを追求することでしょうか。それは精神と技芸にかかわり、からだの内面の成長を反映して外にでてくる。茶道、書道、芸道、あるいは武道にしても、その過程で自ずと養われる気品が身につく。職人技にしてもそうですが、つねにわれわれ庶民が好むところは、道という名において、ひとすじにわざを磨くことでした。もとめつづけてきたのは、美へのあこがれだろうと思います。

行いであれ、考えであれ、結果が美しいかどうかが、精神の安定と安心をもたらしてきました。国旗、国歌を大学に要請するのは、よくない、という社説を朝日、毎日がそろって掲載しました。

青空にあって、純白におく日の丸は、簡素で主張するものがない。国の形そのままに純真さを表しています。銀座通りに掲げられた日の丸の列がはためく様は清々しく、世界に見ない美しさがありました。どこかで、不意に日の丸を目にするとき、勇気と清廉さをよびさますのです。安倍首相は、感想を聞かれて、当たり前のことを答えたにすぎない。

取るに足りないことを問題としてあげることに、彼らの自由はあっても、そこには、国旗国歌の否定の思いが、浮きあがるのであって、いまだに人心に重荷を背負わそうとする気を放つ。この新聞にして、壊れたままの時計は、愚かというしかないです。学問の自由に何の関係もないところを、社説という威厳をかりて、多数の自由の芽を摘むことに腐心していることこそが、幼稚なのです。

そこには、美をもとめる心がない。この国の姿を写しとる目もない。心を病んでいるものが、新聞を書いているとしか思えない。国旗をあげ、国歌斉唱するに、もぞもぞ、おどおどしてよいものか。と思うのであります。

 

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コメント

JA, die Variante gut
recoOl

投稿: recoOl | 2015年4月23日 (木) 20:31

I consider, that you are not right. I am assured. I suggest it to discuss. Write to me in PM.
tiaOl

投稿: tiaOl | 2015年4月27日 (月) 18:00

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