« 松に吹く風 | トップページ | 勢い余る惰性の結末 »

2015年5月 5日 (火)

静かな目でみること

150505a

 戦いに倒れた友も哀れ、名も知らぬ敵の兵士もいたましい。兵士は止むにやまれぬ時代のなかでただ一心に人びとのため、という気高い精神と勇気をもって戦っていたのだった。ときは流れて、かつての敵は今日の友としていまあることの大切さがあります。

安倍総理の米議会での演説の中に、硫黄島での日米合同の慰霊祭のたびに出席されている、米スノーデン中将の言葉がつぎのように紹介されています。「硫黄島には、勝利を祝うために行ったのではない、行っているのでもない。その厳かなる目的は、双方の戦死者を追悼し、栄誉を称えることだ」。ここに、いまの平穏への感謝と敵味方にかかわらず友として、その栄えある生き方を想い、名誉を呼びかけているのです。

勝者も敗者もない。いまは親しい思いで、わが身に代えて倒れていった友たちへの礼節をつくして、平静な秩序を願うのみです。日米で、合同慰霊祭が自然に行われているという事実は、歴史の断片を静かな目でみている日米ならではのことでありましょう。それは、虚栄と虚飾にまみれ、戦勝側の優位に立とうとする人たちにとっては、理解しがたいものかも知れません。敵味方、わけへだてなく慰霊するということと、過去へのこだわりをもつもの、あるいは抗日戦勝記念という古びた言葉を誇示するものとは、価値観を異にする視点がここに示されていると思います。

 

|

« 松に吹く風 | トップページ | 勢い余る惰性の結末 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/126209/61541520

この記事へのトラックバック一覧です: 静かな目でみること:

« 松に吹く風 | トップページ | 勢い余る惰性の結末 »