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2015年7月14日 (火)

歴史の大地に根を下ろすということ

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 人は正しい行動をすることで正しくなり、勇敢な行動をとることで勇敢になる。打算と日和見の中にいれば、おそらく、節度も道徳も育たず、進取の気概も身につかないに違いないです。日本は韓国を友好国として、最も重要な隣国としていますが、その韓国は反日を国是としているのであり、まるでブラックユーモアのようです。

明治日本の産業革命遺産の成り立ちと、その後の徴用とは何の関係もないにもかかわらず、言いがかりをつける韓国です。その反日は、いまだ成長していない子供の反抗心を思わせます。朴正煕元大統領は、「わが半万年の歴史は、沈滞の連鎖史であった」と言ったということですが、永くもろもろのつらい思いをしてきた歴史の中で、屈折した感情が、理屈に合わないことを言わせて反抗している。

イザベラ・バードは、「朝鮮紀行」の中の最後の章で、「朝鮮にはその内部からみずから改革する能力がないので、外部から改革させねばならない」、と改革が必要であると言っています。しかしながら、35年を要しても、外部からの改革も限界があり、結局のところ自ら改革に芽生えない限り身につかないということが分かってきたのです。かれらの反日が日本への反抗心からきているなら、それは自立することの厳しさを知らない、甘えというものです。

問題は、外にあるのではなく、彼らの内にあると気づくべきです。しっかりと歴史の中に立って大地に根をおろしていれば、自ずと文化が育ってくるものを、それをなしえず、いまだに日本の悪口ばかりさがしているようでは、仕方がないです。結局のところ、韓国は根なし草なのか、それでは、年輪がそだつはずもないとおもうのです。

 

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