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2015年8月

2015年8月27日 (木)

さわやかな風

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  よどみなくさらさらと流れる川は、ゆくほどにけがれを落として澄んでいく。江戸時代というのは、その川ようにおだやかに流れていた。諸芸をきわめていくことで、礼儀と作法が育っていき、花のある時代だったような感じがあります。

日本の良さは品性であり、それは江戸時代がつくった、と言われます。品性とは、さわやかな風とでもいえましょうか。いわれてみれば、なるほど江戸時代がつくったのかと思うのです。人としての職分において、貧富や貴賤のくべつなく、お互いの立場を認められていた時代の所産でありましょうか。

江戸時代に日本にきたドイツ人のケンペルは、世界中のいかなる国民でも、礼儀という点で日本人にまさるものはない。才気があり、好奇心が強い人たちだ。といっています。つまり強権による圧政はなく、ひとびとはいきいきとしていた、上下にかかわらず市井の中に礼儀があることを、見たのでありましょう。同時代を生きたスウェーデンの医学者C・P・ツュンベリーも日本人は、礼儀正しく、勤勉で清潔好き、正直にして誠実、といっています。

遠く思いを馳せれば、時代劇映画がフラッシュバックのように甦ります。職人や商人が着ていた印半纏は、いまにのこされ、その洗練された意匠は、ひとつの文化であり、礼儀と勤勉、清潔感をよく表していて、その時代のさわやかさを、実感できる気がします。

そのように、じっくりと時間をかけて醸成されてきたであろう品性は、失いたくないもの、その根っからの日本人の品性からすれば、一時的な度を超した言葉よりも、静かなる言葉に考えが落ちつく気がしてくるのでございます。

 

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2015年8月19日 (水)

未来への知恵を

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 300年ほども過ぎてみれば歴史として定まり結局は、歯車の回転に過ぎないという気もします。
安倍談話の冒頭は、歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならない。となっています。歴史の教訓とは何か。それにつづく言葉を拾ってみると、欧米諸国によって、経済のブロック化を進み、日本は大きな打撃を受け、「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤った。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。経済のブロック化が紛争の芽を育てた。というのです。

つまり、石油を含む経済封鎖がおおきな痛手となったということでしょうか。その歴史の教訓を深く胸に刻み、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。という言葉に照応して、力の行使はだめだ、という教訓を得たのでありましょうか、自由で、公正で、開かれた経済を発展させ、世界の更なる繁栄をけん引していく。繁栄こそ、平和の礎だ。というのです。

国際秩序への挑戦が進むべき針路を誤った、というフレーズは、自戒の念であると同時に、他の国への警鐘でもある気がします。力を誇示することより、繁栄こそが平和なのだ、と進むべき道を定めているのです。そのために一層、力を尽くす。

いくつかの国から、慰霊を受けていることと、寛容と和解のために力を尽くしてくださった、すべての国に感謝の気持ちを表しています。必ずしもそうではない人たちもいるわけで、そこに思い至れば、ひとつの価値観を示して、このことは重要でした。

さらに、戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、2度にわたってのべ、二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。という言葉があります。戦時下、ロシア兵による凌辱の話しが残されており、満州から朝鮮をへての引き上げ時も、女性に対する傍若無人な狼藉の話しが残されています。現在も、事実でない、強制と奴隷という言葉で、女性の尊厳を傷つけてはばからないものもいる。私とすればそれこそ許しがたい思いで、その人たちには、人権を語る資格ないと思うですが、果たして彼ら胸に届いたかどうかは、別にして、歴史の断片を残したことは意味のあることだった、と思います。

この談話には、胸に刻みということばが6回でてきます。それは反語法に似て、全体として自戒であるようでじつは、聞くものの身にはね返ってくるような印象があるのでした。

 

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2015年8月10日 (月)

世情の波に流されて

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 そもそも自由というものは、存在しないのではないだろうか。生まれてこのかた、ここにある自分というものは、すべては、まわりの人たちから教えられて今がある。ひとりでは、何をどうなすべきかも、おそらく決めることはできなかったはず。感情も気分も、ものの筋道も、そして判断することも、他から影響を受けて身にそなわってきた気がします。まあ、なんとか自立したような気がしています。

けれども、すべては、くりかえす世情の波に流されて浮かんでいたに過ぎない。それを、どこからか見ているものがあって、お前はわしの意のまま、実はお前に自由などないのだよ、といっているのかも知れない。人のあゆみは、自分の意思であるように見えて、じつは波にのまれて、呪縛にかかったようなものかもしれないと思うのです。だれもそれを教えてはくれない。

事実でないことを流布されて貶められることは、耐えがたいですが、それを平気でする中国と韓国の反日運動は、人のもっとも大切な心を傷つけやまない。そして秩序を破壊する。それは言葉を変えていえば、日本に対する侵略といっても言い過ぎではないような気がします。

日本一国のみならず、事実をねじ曲げる世界への背信の罪は深い。いま、中韓をのぞく他の国にとって自明なことなのに、政局の賛否がゆれている。呪縛をもつものと、呪縛をもたないものの戦いがつづいている気がします。

 

 

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2015年8月 5日 (水)

ひとの心を洗うもの

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 日本の風景には涙がある。みどりの野山があり川がある。その情景は、美しいかな文字で和歌につづられ、いまも人の心を打つ。数学者でエッセイストの藤原正彦さんによれば、日本には涙があり、アメリカには涙がない、ということです。いたるところ、昔からの数えきれない人々の涙がにじんでいる。「若き数学者のアメリカ」の中に書かれています。なるほど、そういった目でみれば、見る景色もまた違ってみえてきます。文化と伝統に育まれた情緒が漂って見える気もします。

ご母堂の藤原ていさんの書かれた、「流れる星は生きている」という本は、いつか読んでみたいと思っていたのですが、改版新刷(中公文庫)がでていたので、さっそく読みました。

愛児三人を連れて、満州新京から釜山を目指す、まさに決死というべき脱出行がはじまる。祖国を同じくするものが、それぞれに生きるために極限の中で葛藤する。足を傷めながら、赤ちゃんを背負い、幼い二人の子も、足を傷めてもう歩けない。それでも、決してあきらめない母は道をひらく策をめぐらす。悲壮な覚悟で、幼子三人を、郷里の大地にとどける。

一年ぶりに見る、駅の鏡に写ったわが身は、みるもあわれな姿だった。上諏訪の駅に、二人の弟がかけてきた。妹もきた。

「姉さん?」

「まあ、てい子」 「おお、てい子」 

両親の声が聞こえたがもう涙で前はみえなかった。

時代の荒波を乗り越えて、勇気をもって生きた人の輝きがある。読むものに、人のこころを洗う涙は、雑念をどこかへかき消してしまうのでした。

 

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