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2015年9月14日 (月)

虚栄という悲しさ

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 ひたひたとよせる文明の波には、抗しがたく、歴史に安住してきた世界の中心という中華民族の壁が、がらがらと崩れてみれば、世界は、はるかに広くさまざまに進んで、実は後進国だったと悟らされる。その痛恨事は、一念発起して目覚めることを得ず、いまだに理屈に合わないことを言わせて世界への反抗へと向かう。

つまり、史実と異なる「抗日戦争と世界反ファシム戦争勝利」という政治的意図をもった宣伝がなされる。中国の習近平国家主席の演説は、抗日戦争の偉大な勝利、戦争史上まれにみる中華民族の壮挙、奴隷のように酷使しようというたくらみを徹底的に粉砕、などなど、大げさで空々しい言葉がならぶ。歴史を都合よくもてあそんで正当性をもたせようとすれば、勢い言葉は、誇大で粗野になり、逆効果になることに気づかない。

でてくる言葉は、逆に自らの歩みを想起させて、平和という言葉もかすんでみえはしない。寛容は、進歩であり、融和であるが、痛恨事をいまもって恨みとするなら、後退であり、排斥でしかない。口では、相互尊重と平和発展こそが、人間の正しい道だなどと、どんな立派なことでも言える。

だますのも力のうちと、もはや古びた孫子の兵法を信じて、なりふりを気にする様子もない。そこには間違っていると知りながら必死になって言わずにはいられない人の虚栄という悲しさが見える。

 

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