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2015年10月31日 (土)

失われた時代の蘇生

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 つき動かすものがあったとすれば、青春というものではないだろうか。かれは希望をもっていた。人生の中に泉から湧きでるごとく清心なものが流れていたにちがいない。日韓併合期ベストエッセイ集・鄭大均編(ちくま文庫)の中に、金素雲という人のエッセイがいくつかあります。いまとは違うそのときに流れていた朝鮮の新しい時代の息吹のようなものが感じられます。

民謡はこころのふるさと、豊かなこころの表れといわれます。あるとき、山田耕筰の事務所へ一週間も通い続けて朝鮮民謡の採譜してもらった。その出版記念会は、日本詩壇のベストメンバーが一堂に会した。新村出先生から、「今日は朝鮮文化にとって記念すべき年だ」と祝辞をもらう。またあるときは、「朝鮮民謡集」の出版に情熱をかたむける。北原白秋から、「こんな素晴らしい詩心が朝鮮にあったとはねえ!」と、たたえの言葉と激励をもらうが、出版社と衝突、北原白秋への恩讐を想う。

若きころ、不忍池を見わたせるところで屋台で新聞を売っていた。通りすがりの中学の一団に泥はねで新聞をだめにされ、中学校に行き抗議したが受け入れられず、そのことを都新聞に投稿した。
 「・・・誰が好んで苦学するや。濁流に逆らいて櫓をこぐ苦しみ。いつの日か、すべてをすて、流れのままに流されたき誘惑とも戦わざるを得ず。父母の膝下にあって安らかに学業を行う諸君に、ただ一日なりとて苦学の味を知らしめたし・・・」

その投書は思わぬ反響を引き起こした。「今日、みやこに書いたのあんたね。読んでて涙でたわ」 といいなが、三銭の新聞に5円を置いて立ち去ろうとする。追いかけておつりをやっと受け取ってもらった。そのあともいろんな人から、思いやりのこころざしをうけるが、同情を受けることが、言いようもなく恥ずかしく、いやだった。

しかし、いま過ぎてみると、少年のころの可愛げのなく偏屈だった自分が憎らしい、あのときの女性たちに、もし今逢ったなら百ぺんでも謝りたい心境になった。「あの、お宅にいる朝鮮人ねえ、みていてごらん。大人物になるから」という声も伝え聞いた。
ここに確かな時間が流れていた。日本語の言葉の妙味をよく体得し人となりが偲ばれる。金素雲、1907(明治40年)~1981年(昭和56年)。釜山に生まれる。

 

 

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