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2015年11月 4日 (水)

人に言わず自分で風穴を

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 みな生きるための道を歩んでいたのではないか。それは、いうに言われぬ辛いこともあったであろう。いわゆる慰安婦の人たちは被害者なのか。確証はどこにあるのだろうか。つらい苦しい思いは、みな懸命に生きようとしていた証しであって、彼女らだけが特別ではなく、中には衣食足りて恵まれていた人もいたという記録もある。苦あれば楽ありで、それなりに報いられるものを手にし、身を捨てても浮かぶ瀬はあった。

だが、それ以上に人それぞれに辛さに絶えて生きていたものは、多くいたはず。そういう時代だった。日本軍は類をみない規律をもっていた。一心に人びとのため、という気高い精神と勇気をもっていた。けれども、明日をも知れぬ辛い身だった。その人たちになぐさめを与えるのが慰安婦という、いわば立派な志しの職をもつ人たちだった。

それなのに、被害者に仕立て上げ、女性たちの尊厳を傷つけているのは、誰あろう朴槿恵大統領自身とそれに同調する人たちだ。つまり人権問題としてつくられた自作自演のへたな戯曲というしかない。朴大統領が、かたくなに慰安婦問題を解決せよ、というのは、保身のために彼女自身の内部から強迫となってでてくる反日という目的のためであって、慰安婦を利用しているに過ぎない。

朴大統領が、「被害者が受け入れ、韓国国民が納得できるように早期に解決しなければならない」と言ったということです。韓国国民が、というなら、それは治めるべきご自身の課題であり、日本に課せられる問題ではない。責任を他になすりつけてやまないのであれば、いつまでたっても自立の気概はみえてこない。と思うのであります。

 

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