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2016年2月23日 (火)

定まるはずのない正しいもの

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 これからも正しいことは、言いつづけなければならない。これは、いつか朝日が、虚偽報道の反省の弁とはうらはらに書いていたことばですが、彼が正しいと信じるものは、その極端から極端にはしる言動から察するに、それは過剰な思いこみと、欠落した認識から生じる誤解かも知れないです。人それぞれに正しいと見える景色は、さまざまであり、しばしば他者のそれとは、相いれない悲しさがあります。それゆえ、自らの力量の差を恥じることもよくあることです。

先に、高校生グループによる安保法制反対のデモという報道がありました。戦争へと進む、という結論にたっての反対です。その結論は、まったく逆というべきものです。大人たちが曲げて意図して下した結論であることが、そこに参加した大学教授の言葉でもわかります。いわく、こんな情けない日本をつくった。といっているのですが、教授の物差しが汚れてひん曲がっていると私は思いますね。

なんだか日本を分断する、かく乱戦法がみえるような気がします。デモの参加者は中年が多かったというのを見ても、高校生を駆りだして利用している、いわば幼稚で卑怯ともいえる構図が見えてしまうのです。

その女子高生は、「間違ったことには、間違いだと言い続けなければいけない。」 と演説したということです。ここにも朝日の思考パターンとおなじものがあるような、そして、物怖じがみえないところに、恨み千年、に通じるあわれさが漂うのです。間違いだとはっきりといえるはずもないものを、戦争になるという前提がまちがっている。それは分をわきまえない未熟というもの、だから、ただおろかに踊らされている感情の産物でしかないと思うのです。はたして彼女、彼らに、日本人としての確かな意識があるのだろうか、と思うのです。

 

 

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