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2016年3月 6日 (日)

情報の汚染

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 先のことを予測することは余程むずかしい。人が推定できる範囲はごく狭い。正しいという思い込みは往々にして狭量だったりする。そこがつけめ、策を弄するものは、相手を油断させて勝利をえることをねらう。孫子の兵法は、紀元前500年ごろのこと。シナはいまもこの書に心酔し、忠実に実行する。

シナはアメリカとゲームをしている。とおどろくべきことが、最近出されたマイケル・ピルズベリー著の「china 2049」 という本に書かれている。その中につぎのような記述がある。

 「アメリカ人は、このゲームのルールをまったく知らない。このゲームに負けつつあることを知らない。何しろこのゲームが始まったことすら知らない。」

つまり、アメリカは、ずっと、シナが将来、世界の平和を保つ力になるだろうと信じて、レーザーや宇宙工学などあらゆる最新のテクノロジーを支援し続けてきた。しかし、シナは、中華民族だけの夢を見て、古い時代のままに真っ直ぐに進んでいたのだった。アメリカでさえ、その欺きに気づかず、正しいという思いは、間違だったと、いまやっと気づいたのだった。シナの戦略は、覇者を倒すために自分の意志を隠すことを重視するのだった。恐るべきは、現在進行形では、決して見破ることのできないスマイルな長期戦略だった。

さきごろ、高市総務相の電波停止もありうるという発言について、ジャーナリスト有志が、抗議する声明を発表した。その人たちが、絶対に正しいという思いが、他人に影響を及ぼさないなら、それはそれでいい。しかし、自己懐疑というものが一切なく、その確信が誤解というものであり、それを世に押し通そうとするなら、それは品質の悪い情報というべきであり、情報の汚染が広がるということもある。出演料を得るプロであるなら、両論を論ずることはた易いはず。なのに、偏向によって国民を惑わすなら、迷惑このうえない結果をまねく。

かれら自身も、発言が偏向していることは、自覚している。なぜなら、その声明文には、偏向していないという弁明は一行もない。ならば、法に素直になられよ。声明にあるのは、表現の自由という都合いい曲解と、政権への罵倒という論点のすりかえしかみえない。そうならば、彼らが国民の知る権利に資すると言っているのも、もはやたちの悪い欺瞞ではなかろうか。真実の視界をさまたげられてはかなわないですが、いまはもう、そんなに騙される人も少なくなってきたのではないだろうかと思うのでした。

 

 

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