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2016年3月13日 (日)

生きている言葉

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 ことばは知らず知らずに生きる力をあたえる。伊豆の山々月あわく灯りにむせぶ湯のけむり、と、かつて親しまれた歌がありました。遠い月とはるかに霞む山々、大きな風景に思いを託しています。伊豆の山々月あわく・・・と、なんと美しい言葉でしょうか。これを生みだした先人に感謝です。ことばの美しさが、身に染みて人々をなぐさめる。心もちを洗い清めていく気がします。

先ごろ演歌議連が発足したというニュースがありました。私はいいことだと思いますね。いつの日もにっぽんの原風景を思いうかべれば、心静かな気持ちになれる。言葉は大切にしたいものです。○ベ政治を許さない、とか、○争法案などと、そんな言葉がどうしてでてくるのか、不思議な時代です。ひたひたと寄せてくる波にけがされたか、その罪深さに気づかないエリートが、大衆を飲み込んで責任も勇気も失って崩壊していくさまが見えるような気がします。

それが蔓延して、司法でさえも、自らの欲望をおさえがたく刹那的にはしる。それに喝采を送るものもある。保育園を落ちた、それもひとつの与えられた試練であろうと思うしかない。世の中にはいくらも辛いことがおきる。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、耐えてこその人生、それによって自ら立って強くもなれるはずを、やっぱり、日本人としての確かな意識があるのだろうか、と思わずにはいられません。

ことばは大切にしたいです。美空ひばりの歌が浮かんできます。雨潸々とこの身に落ちてわずかばかりの運の悪さを恨んだりして人は哀しい哀しいものですねそれでも過去たちは優しくまつ毛に憩う・・・。ことばは人の心のなかに息づいている。

 

 

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