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2016年4月25日 (月)

正しいと信じるなら堂々と

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 誰しも自分の立場の雲行きがあやしくなれば、強い味方は欲しいもの、なんとか加勢をたのみたい気持ちはわかります。ちょっと前まで、言いつけ外交とか、おばさん外交といわれたものがありました。あれは、日本人の根がまじめというか、真っすぐを良しとする性に合わず、世間の憐れみとひんしゅくを買ったものでした。それに感染したのかどうか、そういうものがこの国にも息づいていたのか、いま一部、ジャーナリストの中に、そのようなものがでてきたような気がするのです。

国連人権理事会の「表現の自由」を担当する特別報告者のデビット・ケイ氏は、日本のジャーナリストに取材して、『政府のことについては、非常に独立性をもって報道することがむずかしい』、と聞いた、として、重要な点は、多くのジャーナリストが、放送や出版などのそれ相当の立場にあるにもかかわらず、『まずは匿名でお願いします』、とおっしゃるのが、異例なことだと考えます、とのべられています。

正しいと信じるなら堂々としていればいいものを、一様に匿名でお願いします、というのは、よくわかりませんが、どうやら、国連の担当者ということで、的外れなおじさん外交をしている感じがします。高市総務相の発言に端を発するものは、前政権にもあったことを思えば、とるに足りない、という気がするからです。

表現の自由などの諸権利について、つねに公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ、という憲法に照らせば、国連の事情聴取にたいして匿名とすることは、責任感の無さ、根拠薄弱なさまがでてきた感じがします。でも、言いたいことがあるなら、言えばいい。言わなければ分からないから。ただ、外に対し、愚痴めいたことをこぼすのは、大人げないのではないか、と思うのでございます。

 

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