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2016年5月 2日 (月)

見果てぬ夢のつづきを

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 あれは失敗だったと非難するのも悪くないです。天文衛星「ひとみ」は、世界から期待されて宇宙に旅立ちましたが、厳然たる物理法則によって、太陽電池パネルを失い、運用不可能となりました。たとえ失敗しても、貴重な経験だろうと思いますね。内外の期待と責任を背負い、あらん限りの英知をしぼってなされた結果だと思います。新しい技術への挑戦には、失敗はつきもの、それは経験してみなければ、わからないこともあるでしょう。

多くのひとたちの情熱をかたむけた、その経験というプロセスは、つぎへのステップとして意味をもつことでありましょう。なさぬよりも、なすこと、その経験が大事であり、壮大な未知へのチャレンジに意義があると思います。産経抄は、「・・開発費310億円が消えた。・・市井の者が目をつぶってやり過ごせないカネと歳月だろう。」、といっています。

まあ、それも一理ありますが、カネとひとことで言ってしまっては、みもふたもないです。そのカネというもの、行きつくところは、市井に環流されたはずで、少なからず活力となったでありましょう。また、その歳月は充実していたのであって、技術の開発と蓄積がなされたことでしょう。失敗してもいくつかの答えを得たのです。失敗のない成功などないわけです。これからもあくなき探究の継続を期待するものでございます。

 

はじめて宇宙にきてゆっくりとつばさを広げてみわたせば、あたりは暗く地球は青き水をたたえてきれいにみえます。暗黒のなかには星もみえます。私の命は、つばさに受ける太陽のひかりにささえられています。ちょっと光が少ない感じがします。地上からの声がとどきましたが、私はうまれたばかり、その声が、いまの私がとるべき行動として正しいかどうか判断できず、言われるままにぐるぐるとまわるしかありませんでした。あまりにまわったものだから、両方のつばさが飛んでいってしまいました。どうすることもできません。わが地球のみなさま、さようなら・・・。

 

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