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2016年5月20日 (金)

おごりが虚栄のはじまり

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 自己を客観視できなければ、盲目に等しい。歴史は茫々とした中にもロマンもある。歴史は、じつに複雑、多様であり、不遜にも私有として掌中にできるはずもない。かつて、朴槿恵大統領は、舛添都知事を前にして、つぎのように言ったのでした。「一部政治家の言動で両国関係に難しさが出ているが、正しい歴史認識を共有し、関係を安定的に発展できるよう努力をお願いする」 と、あのころ、歴史認識という言葉を金科玉条のごとく、くりかえすのは、泣く子のようにあわれでありました。

そうかといって、それに同調していては、彼らはそこから脱することはたぶんできない。それを許していいわけはないと思うのです。かれらの悩みは、かれら自身ではおそらく解決できはしない。何らかの外の世界をみることによって、何かをつかんだときに、おのずと光が見えてくるのではないかと思うのです。そういう意味で、朴大統領に一方的に、日本は努力せよ、と言われていることに対して、なんらかの反論をしておくのが、多様を知らしめる彼らへの親切ではなかったと思うのです。

舛添さんはそれについては、何もいわなかったようです。逆に、その折、朴大統領に乞われて、韓国人学校の用地として、都立高校の跡地を提供することを約束したのでした。それが、虚栄のはじまりではなかったか。東京都にある韓国人学校は、定員割れと言われています。必要性が問われているようです。ソウル日本人学校もお世話になったのだから、いいのだとする理由づけもあるようです。

そういう理屈も成り立つかも知れません。しかし、それは一面に過ぎないでしょう。舛添さんという人、いろいろな理屈がでてきますが、そんな理屈が通るほど世はあまくないでしょう。秀才であるほどに自己の客観視はむずかしいのか、あきれるほど、たががゆるんでいる。

 

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コメント

こんばんは。。

いつも楽しませていただいております。
まったくちぎれ雲さんのおっしゃることに同感ですsign01

投稿: 藤子 | 2016年5月20日 (金) 21:49

コメントありがとうございます。

こころが引き締まる思いがします。

投稿: ちぎれ雲 | 2016年5月21日 (土) 07:24

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